■第56号(2017.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

バウビオロギー
人間と住まいの幸せな関係を目指して

前橋工科大学教授 日本バウビオロギー研究会代表 石川 恒夫(談)


1.それは、「健康な住まい」を求めて誕生した。
2.住まいは「第三の皮膚」。
3.羅針盤となる25の指針。
      =>>>バウビオロギー25の指針
4.完成形は百棟百様。
5.日本のバウビオロギー
6.日本の住環境が抱える課題
7.人を中心にした新たな建築文化の創造を。



「バウビオロギー」という言葉をご存じでしょうか。「建築生物学」と訳されるこの新しい学問分野は、肉体や精神の健康や、環境の保護といった現代人が抱える課題に、人間と住まいとの関係を考えることで答えようとしています。半世紀近くに及ぶバウビオロギーの歩みを概観しながら、その役割と意義について考察します。

■1.それは、「健康な住まい」を求めて誕生した。
バウビオロギー(Baubiologie)は、1960年代のドイツで生まれ、体系づけられた、「住まいとは何か」という根本を問う学問です。Bau(建築)Bio(生命)Logos(論理)からなるドイツ語の造語で、日本語の直訳は「建築生物学」ですが、住まいづくりは「巣づくり」だと考えると、本来の建築デザインは、場所性や住む人の身体性や個性をよりどころとすべきことは明らかでしょう。
基礎となる考え方を最初に提唱したのは、ふたりの医師、パーム博士とビーレンベルク博士(獣医)でした。
第二次世界大戦の戦火で多くの家が焼失したドイツでは、戦後、急ピッチで住宅の整備が行われました。木材は燃えるという恐怖心もあり、安価で規格化されたブロックやコンクリートを主体とした住宅が大量に建てられ、安く、早くというニーズが合成建材の使用を促しました。やがて、原因不明の不調を訴える人が多く現れます。パーム博士は患者と向き合い原因を探る中で、原因は住まいそのものにあるのではないかと指摘しました。後に日本でも大きな問題となるシックハウス症候群です。ビーレンベルク博士の場合も同様に、動物たちの健康状態の異変を飼育小屋そのものに求めたとのことです。
水や土壌、大気の汚染が私たちに大きな影響を与えるように、住環境が汚染されていれば、そこで暮らし、働く私たちの健康は害される。住まいは私たちにとって「最も身近な環境」であるという考え方が、50年以上も前のこの時、すでに示されます。
その知見は、林産学を修めた故アントン・シュナイダー氏(1931─2015)によって体系づけられます。彼は、ローゼンハイムの単科大学で1967年から世界ではじめてバウビオロギーの講座を開講し、1976年に「バウビオロギー研究所」を発足させました(現名称は「バウビオロギー+サスティナビリティ研究所Institut fur Baubiologie+Nachha-ltigkeit。以下IBN)。バウビオロギーの父と言われる所以です。
現在IBNのウエブサイト※を見ますと、イギリス、フランス、スペイン、トルコ、イタリア、日本の国旗が並んでおり、各国の言葉でIBNの紹介を読むことができます。日本でも、2005年、姉妹研究機関「日本バウビオロギー研究会」が発足し、研究と情報の交流・普及を行っています。
https://www.baubiologie.de/

■2.住まいは「第三の皮膚」。
バウビオロギーが掲げた理念とは、人間を、建築をつくる中心に置き、「そこに住まう人、その空間を使う人にとってどうであるか」を判断の基準にするということです。尺度は人間です。産業でも政治でも条例でもありません。20世紀ドイツの建築家・教育者のフーゴー・キューケルハウスの言葉に、「住まいが人間に、その肉体と魂と精神に奉仕しないとすれば、一体何のために建てるか」というものがありますが、まさにそうした考えがバウビオロギーの根幹にあるといえます。その言葉を借りれば、建物や建材の物性や機能にばかり注目してシックハウス症候群を引き起こした建築は、魂と精神はもとより肉体にすら奉仕しない建物だったわけです。
バウビオロギーでは、第一の皮膚として、「食」によって形成される身体があり、第二の皮膚としての「衣」服があるとすれば、「住」空間はその延長上にある「第三の皮膚」だと考えます。住まい(建築)は人間の健康と安全を守るものであり、同時に外界との接点でもある。だから、内側の住環境が健康で快適であることはもちろん、外側の環境に対しても、害を及ぼしたり、調和を乱すようなことがあってはならないのです(その意味で、エコロジーは常に重要なテーマであり、バウビオロギーに内包されています)。

■3.羅針盤となる25の指針。
IBNのアントン・シュナイダー所長は、バウビオロギーを「住環境と人間との全体的諸関係についての学」と表現しました。その関係がどれほど多くの分野を網羅しているかは、IBNが掲げる「バウビオロギー25の指針」(別表)を見てもわかります。
「25の指針」は、バウビオロギーの考え方を具体的に住まいと暮らし方に反映させるためのもので、予防のための、真摯で理性的な羅針盤でありつづけています(それぞれの指針には、さらに詳細な記述があります)。土地の利用の仕方、建材の選び方、居住環境や空間造形、エネルギーの分野まで、その広がりは壮大なシンフォニーを思わせます。その対象領域は、人の生命・人生に関わるすべてといっても過言ではありません。健康で快適な住環境は、それらが重層的に関わり合うことでようやく実現するのです。「バウビオローゲ(建築生物学者、バウビオロギー・アドバイザー)は研究者であると同時に、建築家であり、職人であり、技師であり、医者であるべきだ」とシュナイダー氏が表現したように、バウビオロギーを実践するためには各分野への関心と理解が必要です。知り尽くすことは不可能に近いけれども、学ぶべきは、知り得た知識のバランスの取り方、バランスを取る姿勢にあります。私たちの知識や行動は、とかく偏りがちです。「断熱」一つとっても、性能数値をいかに下げるかばかりに目がいってしまうもの。今日の業界はZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)に関心が向かっています。省エネは確かにミッションですが、家の要諦はそこにとどまりません。常に住まいをめぐる自分の知識や行動に疑問を抱き、多面的にものを見る目を養うことが大切でしょう。
指針の中には耳慣れない言葉もあると思います。たとえば、「指針3」の「緩やかに分散した建築の風景、緑あふれるジードルンク」。ジードルンクとは「集合住居」の意味ですが、日本の画一的な団地群を思い浮かべてしまってはいけません。この指針の背景にあるのは大都市への人口集中がもたらす弊害の大きさなのですが、かといって、孤立しては健康的で快適に暮らすことはできない。ひとつひとつの住まいが素晴らしいものとなるだけでなく、それらが集合して、暮らしのなかでの人々の出会い、さらに周辺環境・地域環境の健康にまで浸透していくことが理想とされています。
=>>>バウビオロギー25の指針

■4.完成形は百棟百様。
こうした指針を踏まえて実際の建築が行われるわけですが、そこに固定したレシピがあるわけではありません(建築ごとに最適な方法をとる必要があるという意味では、むしろレシピがあってはならないといえます)。ですから、実際の事例は実に多様です。
エコ建築の第一人者といわれるヨアヒム・エブレ氏による「シャーフブリュール」(1985年竣工)は、テュービンゲン郊外にある110戸の賃貸の集合団地です。近隣にある200年来の伝統農家、その勾配屋根のシルエットを現代的に翻訳し、木々の間に4〜5階の建物をゆったりと配置、各棟は中庭や小道で緩やかにつながっています。雨水を集めたビオトープや、生ゴミの自然分解設備など環境への配慮もされており、まさに「緑あふれるジードルンク」が形成されています。木やしっくいなどの自然素材を多用し、当時出回り始めたセルロースファイバー断熱材の試行もありました。
ドイツ・ローゼンハイムのIBN新研究所施設は、扇形をした雑貨屋さんだった平屋建てブロック造の建物に、木造を増築するかたちで2015年につくられました。交通の便の悪さなどの理由で、発足の地であるノイボイエルンから移転したものですが、更地に華々しく新築するのではなく、既存建物の増築をするあたりが、質実剛健なドイツらしいなと思います。既存部分の改修と、2階の木造増築はバウビオロギーの模範的な「灯台プロジェクト(展開の核となるような先導的なプロジェクト)」として紹介されています。内装・外装の素材の吟味、電磁波対策、省エネへの努力を含めて、一つの規範がつくられたといえるでしょう。

■5.日本のバウビオロギー
古今東西、日本でも、バウビオロギーという言葉が生まれる以前から、その理念に通ずる考え方を内実として有していた研究・実践はあったでしょう。バウビオロギーには、そうした個々の研究・実践を体系化し秩序立てたという側面もあると思います。
2001年の拙作、群馬県高崎市の「あらいキンダークリニック(小児科)」は、バウビオロギーの考え方に基づいた私にとっての初期の試みです。事前に工場で制作した、木材釘打集積パネルを壁、天井に初めて試みました。縦ログのように見えますが、接着剤を一切使わないことでリサイクル可能です。材厚があることは空間を、そして人の心を穏やかにすることをこのとき実感しました。オレンジ色の12角形をした待合室らしくない受付の空間、ルーバー1本1本の異なる「虹の廊下」など、空間を満たす形状や色彩にも工夫をこらし、「また来るね」と子どもが声かけしてくれることをスタッフがうれしそうに話してくれました。「訪れる子どもにとって癒しの場となりますように、(住まう/働く)スタッフにとって快適な生活の場となりますように、群馬の自然に兄弟として受け入れられますように」という三つの願い、このことは住宅であれ、店舗であれ、すべての私の仕事のライトモチーフです。
高崎市に2010年に竣工した「八幡幼稚園」では、地元・群馬のスギの製材をふんだんに使った木造園舎をつくりました。子ども達と同じ大地から育った木の命と温もりを大切に、子ども達が初めて社会生活を営む場としての素材と色、形とスケールをもたせた建物になりました。地場の材料で建築することは、人々が地域の方言で話すようなもの、故郷への思いにつながる大切なことだと考えています。「木の建築賞 大賞」受賞は、地産地消はもちろん、製材所や職人の生産、施工体制にも配慮したことへの評価でした。暖房及び厨房の給湯のためのソーラーコレクター、涼房のための井水利用など、自然エネルギー活用でNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からの補助金を受け、エコな園舎でもあります。

■6.日本の住環境が抱える課題
ドイツと同様、日本でも、戦後の住宅大量生産の時代を経て、工業的な建材を使った画一的な建物が全国で建てられました。バウビオロギー誕生の発端となったシックハウス症候群が社会問題となるのは1990年代のことです。その原因が、建材に含まれる接着剤などの化学物質にあると認知されるようになり、エコロジー意識の高まりと相まって、建物を建てるなら健康的な素材、環境にいい素材を選びたいという人は増えました。
けれど、ともすればそれは、選ぶ建材のカタログを合成素材から自然素材に切り替えただけ、というような表層的な変化に過ぎないような気がします。本当に健康で快適な住まいは、単に素材を置き換えただけで自動的に生まれるものではないからです。
日本の住まいづくりは、多くの場合、住まい手から乖離してしまっています。主役であるはずの住まい手は、お金を出すだけであとはプロに任せてしまう。住まいづくりの中に「自分」がいないのです。また、建てるプロの側も、「クレームになったら」「性能が足りなかったら」というような不安から、接着剤を多用したり、必要以上に壁を増やして室内環境を囲い込んだりすることになりがちです。ある意味ではすばらしい「努力」を重ねてきたわけですが、そこにもやはり主役である「人」が不在です。家もまた人や家族の「巣」です。動物は自分で自分の「巣」をつくります。けっして建築の専門知識だけに委ねられるものではありません。これからは「住まう」という行為を、住まう人の手に取り戻すことが必要です。
自然素材を使い、断熱性を高めて消費エネルギーを減らし、太陽光発電を搭載して環境にも配慮する。けれど、いくらすばらしい室内環境をつくっても、外界との関係を遮断し自己完結しているとしたら、それは本当に「健康な生活」といえるでしょうか。バウビオロギーの第一人者・ホルガー・ケーニッヒ氏はこう言っています。「すべての室内が均一の温度を保ち、すべての窓が閉じたままで、木々を飛び回る小鳥のさえずりがもはや聞けないとしたら、省エネ住宅は一体何の役に立つというのか」。ケーニッヒ氏のいう意味での快適性は感じる人間の部分です。数値化しにくいけれども、疑いようのないリアリティーだと思います。

■7.人を中心にした新たな建築文化の創造を。
日本は地震国であり、季節による気候の差が大きく夏には高温多湿になる、北から南の地域差・気候差が大きいなど、建築環境としては過酷です。しかし、歴史を振り返れば、かつての日本にもバウビオロギーの精神を持った建築は存在しました。その典型が、日本の伝統建築=民家です。民家は、地域にふさわしい暮らし方を可能にする、長年にわたって培われてきた住まいづくりの技術の総合でした。地元で生まれる自然素材を使うこと。風を防いだり導いたりする工夫や高湿から室内を守る工夫、自然光を取り入れる工夫。自然のシステムを無駄なく利用しながら、地域ごとに適した住環境をつくりあげる日本の民家は、前出のケーニッヒ氏に「バウビオロギーのお手本」と言われたほどです。
もちろん、ただ過去のものを復活させればいいということではありません。現代の知見を踏まえ、現代の技術によって性能を担保することは重要です。その上で、日本の民家が利用してきた木や土、竹や藁といった自然素材の大きなポテンシャルを活かすべきだと思うのです。
たとえばドイツの木造住宅のメーカー(バウフリッツ社)は、社内に数十人のバウビオローゲ有資格者が在籍し、おがくず断熱などオリジナルの建材を開発して家を建てています。私の研究室でも、この5年ほどの共同研究をとおして、土壁の良さを、環境工学的な視点から分析したり、ライフサイクル評価を試みたりしていますし、授業で伝統的な土壁の工法である「版築」シェルターを学生とともにつくっています。自然から、土から学ぶことはたくさんあるのだな、と実感しています。
建築の歩みは、いうなれば自然を制御することで発展してきました。「性能」を追求する過程では多くの人工的な原料が使われ、その一部は、生物としての人間を蝕んでいます。けれど、そうした歴史は転換点を迎えています。「健康」、「エコ」、「サスティナブル」は、世界全体のメガ・トレンドです。私たちの生活や暮らしも長いスパンで考えなくてはいけなくなりました。世代を超えて「負荷」を受け渡していくわけにはいかないのです。人間を中心としながら、自然の秩序に寄り添うことでこそ、真に「人間の肉体と魂と精神に奉仕する」住環境は生まれるでしょう。

<バウビオロギー25の指針>健康な住まいと暮らし方を考える
建設敷地
  1.自然や人工的な障害のない建設敷地を
  2.工業地帯の中心や幹線道路から住居地をはなす
  3.緩やかに分散した建築の風景、緑あふれるジードルンク
  4.自然とむきあう、個性的で人間的な住環境とは
  5.社会に負荷を与えない
建材と遮音
  6.自然素材を適材適所に、周壁面は呼吸できるように
  7.心地よい室内の匂い、有毒ガスを放出しないこと
  8.高い放射性を示さない建材を用いる
  9.遮音、振動の検討
居住環境
  10.室内の湿気を、吸放湿性のある建材によって調節する
  11.新築物件の湿気と建材の乾燥
  12.断熱・蓄熱のバランスを
  13.室内空気温度と周壁面温度のバランスを
  14.自然換気による良好な空気質を
  15.放射熱による暖房を
  16.自然の放射領域を変化させない
  17.電磁場・高周波を広げない
  18.カビ・バクテリア・塵埃・アレルゲンの発生軽減を
空間造形
  19.調和的な尺度、プロポーション、フォルム
  20.色彩、照明、自然採光のバランスを
  21.空間造形のための生理学的・人間工学的認識
環境・エネルギー・水
  22.再生可能なエネルギー源を用いてエネルギー消費を軽減すること
  23.地場の建材を優先し、限りある資源、貴重な資源の乱開発に歯止めを
  24.環境問題へ導かないこと
  25.飲料水の確保に最善をつくす


[石川 恒夫]
1962年東京生まれ。早稲田大学大学院修了。ミュンヘン工科大学留学、前橋工科大学助教授をへて現職。専門は建築設計、建築生物学。一級建築士。2004年大学発ベンチャー(有)ビオ・ハウス・ジャパン一級建築士事務所を立ち上げる。2011年日本初のバウビオローゲ(ドイツIBN)資格取得。建築家として設計にあたる一方、日本におけるバウビオロギーの第一人者としてドイツと日本を結んだ活動も多岐にわたる。
主な著訳書に『健康な住まいへの道』(訳、ホルガー・ケーニッヒ著)『バウビオロギーという思想』(アントン・シュナイダーとの共著)『日本で実践するバウビオロギー』(監修)など。