■第52号(2015.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

攪乱生態学 ─火と森と人の歩んできた道─

横浜国立大学大学院 環境情報研究院 准教授 森 章(談)


1.火が多様性をつくり出す。
2.人間の手による抑制と攪乱。
3.生態系を基準に考える。
4.自然の変動か、人為的な変動か。
5.攪乱の知恵を、林業に活かす。



森を焼き、人の住まいや社会インフラなどにも影響を与える山火事。長期にわたって乾燥が続くアメリカ西部やオーストラリアでは自然発生の頻度が高まり、大きな社会問題にもなっています。一方で、こうした火事は、生態系にとっては異なる意味を持ちます。生態学の視点から見えてくるのは、長い歴史の中で変化を続ける環境と人間との関係。そして、これからの林業の姿でした。

■1.火が多様性をつくり出す。
目の前に広がる焼けた森─。2014年夏、アメリカにあるヨセミテ国立公園の中で自然発生した山火事の跡です。土地は一面に荒廃しきったように見え、その風景には物悲しささえ漂います。しかし足元に目を向けてみれば、そこには新しい植物が芽吹き始めています。昆虫や鳥もやってきています。火事から数か月、すべてが焼き尽くされたかに見えるこうした環境の中で、生態系の再生はすでに始まっているのです。
こうした山火事のような現象を、生態学の分野では「攪乱」といいます。攪乱とは、「生態系や群集、あるいは個体群の構造を乱し、資源の利用可能量・物理環境を変えるイベント(出来事)」と定義されます。
台風や火山の噴火、洪水や氾濫、雪崩や強風による倒木なども、自然が起こす攪乱です。攪乱によって生物の生育環境は大きく変化しますが、中でも特徴的なのは、次世代の植物や動物が入り込んで利用することのできる「オープンスペース──空いた空間」を生み出すことです。
山火事は、森林にとって最も規模の大きな攪乱のひとつといえます。日本では気候が比較的湿潤なために稀ですが、夏に乾燥するアメリカやユーラシア、アフリカ、オーストラリアなどの大陸では、落雷などが原因となってしばしば大規模な山火事が起こります。たとえば、1988年にアメリカのイエローストーン国立公園で起こった山火事は、30万ha以上、実に大阪府2つ分に相当する面積を焼き、巨大な「空いた空間」を生み出しました。
こうした空間は、何をもたらすのでしょうか。
広範囲にわたる山火事の跡には様々な新しい生物が入ってきます。また、焼け残った木や根や種からは、もともとそこにあった植生も再生します。たとえばロッジポールパインというマツの一種は、山火事の熱によってヤニが溶けることで、松カサが開いて種子を放出します。火事という攪乱に対応し、それを利用することで、次の世代を残してきたのです。
攪乱後にどのような生物が焼け残り、また、どのような生物がどのような順番で新たに入ってくるか──そういった状況が複雑に関わり合いながら新しい植生、新しい生態系をつくっていくため、一律に焼けたように見えていても、その後に形成される植生は実にバラエティに富んだものになります。つまり、定期的に起こる自然の山火事は、多様な生物による新たな競争を可能にし、長い時間の中で攪乱と再生のプロセスを繰り返すことで、結果的に生態系の健全性と多様性を維持する役割を果たしているのです。

■2.人間の手による抑制と攪乱。
しかし、こうした攪乱の役割、自然界における必要性と必然性が認識されるようになったのは、それほど古い時代のことではありません。
大規模な山火事は美しい自然の風景を損なってしまうものであり、(大切に管理し、守ってきた国立公園であればなおさら)防ぐべき「災害」としてコントロールしようとしてきた歴史があります。
たとえば北米では、1900年代の初頭から火災抑制プログラムが実施されてきました。山火事の発生を監視し、発見すれば即座に消火できる体制を整えて、火事による災害を未然に防ごうとしたのです。
その影響は、数十年たって、さまざまな形で現れました。たとえば、北米西部の乾燥した中標高にある森林はもともと林床を焼く小規模な火事が高い頻度で起こる地域であり、林床火事が繰り返されることによって、ダグラスモミやポンデローサパインなど火事にあっても燃え残る樹種の大径木が散在する森林を形成していました。ところが、数十年にわたって火事が抑制された結果、小径木の立木が高い密度で存在する林分へと変化しました。いわば、森林の中に多くの燃料が蓄積された状態です。落雷などによっていったん火が入れば、手の付けられないような爆発的な山火事が起こる状況が生まれました。火事を減らそうと人間が影響を与えたことで、林床を焼くだけの山火事という本来の自然攪乱が、林冠まで焼くような大規模な“火災”になる可能性が高まってしまったのです。
一方、1990年代初頭には、人間の活動の影響で生態系が変化していることが広く知られるようになります。汚染物質の排出による空気や水の汚染といった古くからの問題に加えて、絶滅危惧種の増加などの状況が顕著になったのです。北米太平洋岸では、森林の象徴的な動物であったニシアメリカフクロウが絶滅の危機を迎えていることがわかりましたが、その原因は、人間の伐採によって生息場所である老齢林が激減したことでした(このことが契機となってアメリカでは大きな自然保護運動が起こり、政府を巻き込むかたちで、生態系に配慮した森林管理の方法をつくりなおすことになります)。
人間が自然の攪乱を抑制することも、人間が自然を変えること=いわば人為による攪乱も、過度に行えば生態系の健全性を損ねてしまう。そのことは、徐々に、自然に向き合う際の新たな常識となりました。
しかし、自然に起こった山火事だからといってまったく放置するわけにはいきません。特に、人家や家畜、農地、道路などに影響が及ぶ場合には対処が必要です。木材を産出する林業も(あるいは、農業や漁業も)一種の人為攪乱ですが、一方で人間にとって不可欠の産業でもあります。どの程度まで攪乱を許容すればいいのか──折り合う方法を探るのが「エコシステムマネジメント」です。

■3.生態系を基準に考える。
エコシステムマネジメントは、日本語では「生態系管理」と訳されます。しかし、「管理」という言葉は誤った印象を与えるかもしれません。生態系の機能や動態(変化していく様子)を尊重することで、生物多様性を維持しつつ、生態系も人間社会も両方が持続可能になることを目指すのが、エコシステムマネジメントです。林業でいえば、育林し、伐採して木材を得る過程で、たとえ人工林であっても、さまざまな生物を含む生態系全体に配慮した森林管理を行うということです(詳しくは後述します)。
重要なのは、生態系を「人間社会も含めたもの」としてとらえることです。人間は生態系に大きな影響を与えており、現在の自然は人間社会と複雑に絡み合っています。人間を除外した自然だけを考えることは、現実的ではありません。全体で健全性や多様性が維持できるように考える必要があります。
では、その生態系が健全で多様であるかどうかは、どのようにはかればよいのでしょうか。
ひとつの指標となるのが「レジリアンス」の考え方です。
工学などの分野では「復元力」といった意味で使われることが多いこの言葉ですが、生態学では、「攪乱が生じても生態系の状態が変容せずにいられる範囲=攪乱の影響を吸収する能力」と定義されます。たとえば、山火事が起こった跡地に同様に生物多様性に富んだ森が再生する力が、その生態系のレジリアンスです。
人間との関係で言えば、人間が山火事を抑制することで次に起こる火災の規模を大きくし、生態系が対応できなくなる状況をつくったとすれば、生態系のレジリアンスを下げていることになります。エコシステムマネジメントでは、人間が自然にかかわるときに、生態系のレジリアンスを下げないような方法をとることが重要になるのです。
ただし、「変容しないこと」は、「攪乱以前と全く同じ状態に戻る」ことではありません。山火事の跡地に新しい森が生まれる場合も、入ってくる植生の順番によって生態系のありようは変動します。生態系は常に動いているという前提のもとで、多様性を維持できているかどうかを考える必要があります。

■4.自然の変動か、人為的な変動か。
一方で、どこまでを自然攪乱として許容し、どこからを人間活動の影響を受けたものとして対処するのか、見極めることも重要になります。そのためには、できるだけ長いスパンで、これまでにどのような攪乱が起こってきたのかを知ることが必要です。
前述した1988年のイエローストーン国立公園の山火事のケースも、当初は、人が山火事を抑制したためにこれほど大規模なものになったと考えられていました。
しかし、樹木年輪や湖底堆積物を用いた調査から過去の山火事の起こり方を復元したところ、数百年単位の周期で、過去にも同様の規模の山火事が起こっていたことがわかりました。そうした長い周期の自然攪乱においては、数十年間という火事抑制の影響はそれほど大きくなかったであろう、つまり、1988年の大規模な山火事は人間の影響ではなく、自然によってもたらされた攪乱だったという見方が、今では優勢になっています。
地球温暖化と人間の活動、生態系の間の関係も同じです。
人間の活動の拡大によって二酸化炭素濃度が高くなり、それによって温暖化が起こり、結果として山火事の規模が拡大している──。しばしばこうした因果関係が指摘されます。
しかし、山火事の規模を左右するのは温度ではなく降水量です。温暖化することで地球全体が乾燥するわけではありませんから、降水量が減って山火事が起こりやすくなっている地域もあれば、降水量が増えた地域もある。温暖化=山火事の大規模化と安易に結び付けて考えることは危険です。
とはいえ、全球的に温暖化が進行していることはデータが示しており、北米西部など、冬の降雪量が減ったことで雪解けが早まり、火事が起こる可能性のある時期が長くなっている地域があることも事実です。重要なのは、そこで起こる攪乱の規模や頻度が、過去の歴史──人間の影響がそれほど大きくなかった時代に照らして逸脱しているかどうか、具体的なデータに基づいて考えることです。人間の活動の影響によって自然に起こり得る以上の攪乱が起きると、生態系の健全性を損ない、劣化させてしまう可能性があるからです。
さまざまな外的要因の中で、現在も生態系は変化しつづけています。常に状況をモニタリングしながら、過去に照らして判断し、変化に対して柔軟に向き合うことが求められます。

■5.攪乱の知恵を、林業に活かす。
林業の分野でも、エコシステムマネジメントの考え方に基づき、世界的に行われている手法があります。「保残伐」といいます。
保残伐とは、人間による伐採を自然に起こる攪乱に模して行う方法です。
たとえば、台風などで倒された木を模して、あえて地面から3mくらいの高さで伐採し、樹皮を少し削って虫が入り込みやすい状況をつくる。数が減っている菌類や甲虫が好んで使う樹種を倒木や枯死木を模して残す。造林によって広葉樹が少なくなった場所では広葉樹の個体そのものを伐らずに残す──など、様々な方法がとられます。択伐が人間にとってよいものを選んで伐採する方法だとすれば、保残伐は「生物にとって必要なものを残す」伐採方法だといえるでしょう。スウェーデンのように、保残伐を行うことが森林認証を受けるための前提となっている国もあり、どのような手法が生物多様性にとってよりプラスに働くのか、現在もさらに研究が進められているところです。
かつて北米などでは、「大規模な山火事を模して」大規模な皆伐が行われたことで、結果的に生態系のバランスが崩れ、多くの生物が絶滅の危機に瀕したことがあります。なぜなら、皆伐してすべてを持ち去る状況は、山火事の跡とは似て非なるものだからです。山火事の跡には生き残った個体もあれば、前述のマツのように火事を利用して残される種子、倒木など多くのものが残されており、そこから次の生態系が形作られていくのです。
日本でも、昨年、北海道の道有林で保残伐の研究が始まりました。世界から20年以上遅れてはいますが、やがて、日本でのデータも集まるでしょう。
しかし、何より日本の森林は、それ以前に解決すべき喫緊の問題が多くあります。人工林化したすべての森林で木材生産を継続することは難しい状況ですから、生物多様性と公益的機能の地理的分布を把握した上で、コストの要素も入れながらゾーニングしていく必要があるでしょう。それは、林業の課題であると同時に、国全体の土地管理の問題でもあると思います。
木材生産という経済活動をしながらも、レジリアンスの高い、生物多様性が保たれた環境をつくることが、結果的に自然にも人間社会にもプラスになる──それは、科学的データを積み重ねる中から、私たちが徐々に学びつつある知見です。自然の攪乱のありように学んだ森林管理の手法は、世界からの事例を集めながら進歩しています。環境か経済かという二択ではない林業の時代が、始まっています。


[森 章]
1976年生まれ。京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻博士課程修了。農学博士。京都大学、サイモン・フレーザー大学にて特別研究員、横浜国立大学特任助教、カルガリー大学客員研究員などを経て現職。カナダ、アメリカ、内モンゴル、知床など、国内外で積極的にフィールドワークを展開。
『エコシステムマネジメント』(編著、共立出版)ほか著作多数。現在、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)の著者としても活動中。