■第50号(2014.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

雪国の林業 ─「克雪」の先に見えてきたもの。

岐阜県立森林文化アカデミー教授 横井 秀一(談)


1.「不成績」な森林の存在。
2.はじまりは、拡大造林の時代。
3.克雪の林業。
4.水源の森が、危険な状態に。
5.人の手が離れた故の豊かさ。
6.健康な森林に導く可能性。
7.未来の森林のカタチが見えてくる。



南北に長く、標高差も大きい日本の国土には、多くの「雪国」が存在します。人工林業にとって一定以上の積雪はマイナス要因であることが多く、施業の手間もコストもより多く必要になります。そうした環境の中で、雪国の林業が歩んできた道のりを振り返りながら、現状から見える問題点と未来に向けた可能性を探ります。

■1.「不成績」な森林の存在。
国土の7割近くを森林が占める日本。人工林の面積は1000万haに達し、森林蓄積も年々増え続けているといわれます。しかし、実際に森林の内部に目を向けると、そうした数字とは異なる姿も見えてきます。そのひとつが、雪国の森林でこの数十年の間に顕在化してきた問題─「不成績造林地」です。
不成績造林地とは、目的を持って造林したものの、何らかの原因で成林が阻害されて当初の目的が達成できなかったり、できないと予測される造林地を指します(当初は雪によるダメージを受けた造林地を指していましたが、後にその他の原因による不良な造林地もこう呼ぶようになりました)。
圧倒的に多いのは、本州日本海側の豪多雪地帯を中心としたスギの不成績造林地です。そこでは、「スギの密度が低い」「残っているスギも形質が悪い」「樹高成長が悪い」といった状態が見られ、点々と、または群状にしかスギが育っていなかったり、まったくスギのないササ原になっている造林地もあります。
あるスギの不成績造林地を調査したところ、木が倒れたり斜めになる被害(倒伏、斜立)をはじめ、用材としては致命的である根元折れや根元割れなどの被害が多く見られました。これは、積雪の重みによって起こる雪圧害の典型です。
雪が多く降る地域にも、豊かな森林は存在します。ブナやナラなどの広葉樹の天然林はもちろんですが、スギも、水分を好む性質もあって比較的雪に適した樹種です(たとえば銘木として名高い「秋田スギ」なども天然林です)。
では、このような不成績造林地は、なぜ生まれたのでしょうか。

■2.はじまりは、拡大造林の時代。
発端は、1950年代にありました。戦中戦後の収奪で荒れた(ハゲ山になった)森林に植林をする「復興造林」が一段落したころ、政府は新たな森林施策を打ち出します。それが、広葉樹の天然林を伐採し、その跡地に成長が速く木材としても有用な針葉樹を植える「拡大造林」です。現在、各地に見られるスギやヒノキなどの一斉林は、この政策の時代に急激に増やされたのです。
他の地域より若干遅れたものの、雪国にもその動きがやってきます。雪国では、人が手を加えてきた森林の多くは、薪炭林として利用してきたブナやナラなどの広葉樹の二次林でした。つまり、生活になくてはならない森林であり、山村の経済を支えてきた森林でした。しかし、燃料革命の進行でその用途は縮小し、経済的価値も下がります。その一方で木材(建築用材)価格は高騰していきました。人々は、ブナやナラを伐ってパルプの原料である木材チップにし、伐った跡地にどんどんスギを植えました。
当時は建築用材が不足した時代ですから、そのための人工林をつくるというのはある種の国策でした。それに同調した山の所有者が多かったことも、木材チップと用材の価格差を考えればいたしかたないことだったでしょう。また、当時はまだ山村に豊富な労働力があり、人海戦術で植林を進めることが可能だったという人的な環境もありました。いろいろな状況が合致して、雪国での拡大造林は進んでいったのです。

■3.克雪の林業。
いくつかの地方で人工林業の伝統はあったものの、雪国の多くの地域ではスギやヒノキの一斉林の育林は初めての経験でした。雪への対処も拡大造林と並行して研究され、開発されていったといってもいいかもしれません。
雪が多く降ることで森林は様々な影響をうけますが、育林上マイナスになるのは主に「雪圧害」と「冠雪害」です。雪圧害は、まだ幼齢の木が積もった雪に埋もれてしまい、その圧力によって倒れたり成長を阻害されたりすること。一方の冠雪害は、枝や葉に積もった雪の重量に耐えきれず、木が折れたり曲がったり倒れたりすることです。
いずれも用材としての価値を大きく下げてしまうため、こうした雪の害をどう軽減するかということが、雪国での施業の大きなポイントとなりました。たとえば「雪起こし」は、雪が消えた後に倒れた木を人の手で起こし、夏の下刈り時期や冬の降雪前まで叉木や縄で支える作業です。これを倒れた木の1本1本に対して、植栽木が雪に埋もれなくなるまでの間、毎年行うのですから、どれだけの手間とコストがかかるかは想像がつくと思います。
けれど、たとえば、用材として最も価値の高い部分を使えなくしてしまう「根元曲がり」は一定割合で起こる。つまり、手間とコストをかけた上に、大きなリスクもあるわけです。それでも、行う価値のある造林だと信じて、雪国での人工林施業は進んでいきました。
その中で、最大どのくらいの積雪(最深積雪深)までならスギは生育できるのか、造林限界はどこなのか、というのは大きな問題でした。それを超えて造林し、膨大な施業をしても、目的の材は得られないわけですから。拡大造林の時代にも、最深積雪深2.5mがスギ造林の可能性をわけるひとつの分岐点であることは示されていました(これは、現在でも同じです)。しかし、その限界を超えて、拡大造林は進んだのです。
なぜなら、研究成果が現場に浸透する前に、適地かどうかをよく見極めずに急速に造林が進んだということがひとつ。さらに、当時(1960年代)は、最深積雪深2.5m以上の地域においても、「特殊造林を行うことによって」「今後技術の開発が進めば」といった条件つきで造林が可能とされてきたことも要因でしょう。いずれも、造林を推し進める力がいかに強くはたらいたか、ということを物語っていると思います。
こうして、最初のうちは里に近い山、薪炭林として利用していたような広葉樹林を置き換えていた雪国の拡大造林は、造林できる場所を求めて、どんどん奥山のほう、積雪が多く標高が高い、明らかに適地ではない場所にまで広がりました。雪と戦い、それを克服しようとする、「克雪」の林業にならざるを得なかったのです。

■4.水源の森が、危険な状態に。
1990年代に入ると、奥山の造林地での不成績造林の問題が徐々に顕在化し、雪の問題を抱える地方の林業試験場のプロジェクトとして状況調査と原因究明のための研究が始まりました。
植えたスギはどの程度育っているのか。用材として利用できる可能性はどのくらいあるのか。どのような条件の場所で、不成績造林地が生まれるのか。各地に調査が入り、その状況が明らかになっていきます。育ちが悪い木。雪圧で倒れる木。枯れていく木。ある場所ではササ原になり、積もった雪が表土ごと侵食する雪食崩壊が起こっていました。
こうした奥山は大切な水源地であり、そこにある森林は表土を保ち雪崩を防ぐなど多くの公益的な機能を担っています。そうした奥山の森林が、木材を得ることもできず、そればかりか公益的機能も果たせない場所になるかもしれないという状況が明らかになってきたのです。

■5.人の手が離れた故の豊かさ。
しかし一方で、そうした不成績な森林の比較的大きな面積で、ある変化が起こっていることもわかってきました。生育の悪いスギの間に、もともとその場所にあったと思われる広葉樹が入り込んで育っていたのです。その樹種も多様で、たとえば岐阜県の不成績造林地での調査では、実に43種類もの広葉樹が見られました。
そもそも拡大造林では、広葉樹を伐ってその跡にスギを植え、さらに更新してくる広葉樹を下刈りや除伐で取り除くことでスギの純林をつくろうとしていました。ところが、不成績造林地ではスギの生育が悪く林冠が閉鎖しないため、日光を好む広葉樹がスギとともに成長し、針広混交林へと移行しつつあるのだと考えられます。
調査をしてみてわかったのは、人間が育林を諦めて放棄するのが早かった森林ほど、健康的な針広混交林になっているということでした。その成長のしかたは、二次林とそれほど変化がありません。つまり、混交林にあっても、それぞれの樹種の中で成長のよい個体がより上層へと成長し、安定した林分をつくっているということです。
人間が植えたスギだけに着目し、それにとらわれている限り、そこは「不成績」な森林かもしれません。けれど、広葉樹も含めた良木が育っていると考えれば、十分に安定したいい森林になっている場所も少なくありません。そして、この、自然発生的に生まれた針広混交林こそが、不成績造林地の可能性を示しているように思えます。

■6.健康な森林に導く可能性。
針広混交林となった不成績造林地で、私たちはある比較試験を行いました。1カ所では、幹の形状がよいスギ造林木と、家具などの材料として市場価値の高い広葉樹種を育成木として選び、それ以外を除伐。他の1カ所では育成木を選んだ上で何も手を入れず放置したのです。
15年が経過すると、除伐を行った区画では育成木が上層木のほとんどを占めました。しかし一方で、放置した区画でも、上層木の82%が育成木だったのです。つまり、針広混交林では、手を入れればそれだけの成果は出るが、手を入れなくても一定程度の成長は見込むことができるということです。スギやヒノキが「人の足音を聞いて育つ」と言われるほど頻繁な施業を必要とし、雪国ではさらに多くの人手がかかっていた(そうしなければ、スギの一斉林は成立しなかった)のとは、大きな違いがあることがわかります。
不成績造林地の多くは、そもそもスギには適地ではなく、また人も手を入れることが難しい奥山の森林です。大変な労力をかけて施業をしなくても健康な森林になるのだとすれば、そこに、不成績造林地が不成績でなくなる可能性が見えてきます。

■7.未来の森林のカタチが見えてくる。
いま、日本の森林は、針葉樹一辺倒の森づくりから広葉樹も含めた森づくりへと、徐々に変わりつつあります。
林野庁の調査(森林・林業統計要覧2013)によれば、民有林での植林面積は、針葉樹が縮小の一途をたどっているのに比べて広葉樹はほぼ横ばい。スギやヒノキ単体と比べると大差がなく、植林面積全体が低下傾向にあるなかで、積極的に広葉樹を植えようとする動きが見てとれます。
背景には、針葉樹の森を増やしすぎたことへの反動や、環境保全などの機能に目を向けて、多様性のある森林に導こうとする意図があるのかもしれません。広葉樹にも家具や建築の内装材としての需要がありますし、製紙用のチップとしての有用性もありますから、経済的な目的もないわけではないでしょう。
ただ、「広葉樹」とひとくくりにされた中には様々な樹種があります。そして、そのひとつひとつに特性があり、人工林として育てていくための技術も必要です。スギやヒノキにも樹種の特性があり育林の技術も必要ですが、長年にわたる施業技術の蓄積が豊富なことに加えて、広葉樹に比べると圧倒的に個体差が少なく、成長分布も偏りが小さい。スギやヒノキは一定の施業で一定の成果を得やすい樹種なのです。
広葉樹は、樹種ごとに好む生育環境があり、同じ樹種でも個体差が大きいため、それぞれの性質をよく知った上でないと人工林施業が難しい。たとえば間伐によって林内に光が入ると幹から枝が出て、材をとったときに節になってしまうなど、針葉樹の一斉林と同じ考え方ができない部分があります。
一方、意図しないことではありましたが、雪国の不成績造林地に自然発生的に生まれた針広混交林については、数十年にわたる調査と研究の成果が蓄積されています。どのような条件の場所にどのような樹種が生育しているのか。どのように成長するのか。スギなどとの住み分けがどのように行われるのか──それらの知見は、今後、雪国ではない地域で針広混交林を育てる時の重要なデータになり得ます。
私たちが調査の過程で育成木として選んだような良木は、自然の競争の中でも成長を続けるでしょう。その木を経済的に利用するかどうかは、また別の話であり、将来の選択です。けれど、森林として豊かであることは、経済林としての価値も高めます。ふたつのゴールは、さほど違わないと思います。雪国の不成績造林地、その中で針広混交林として残っている森林は、日本の森林の未来を一歩先取りした姿なのかもしれません。


[横井秀一]
1960年愛知県生まれ。千葉大学大学院園芸学研究科修了。農学博士。寒冷地林業試験場、森林科学研究所を経て現職。専門分野は森林施業(造林・育林)、森林生態。
主な著書に『主張する森林施業論』『雪国の森林(もり)づくり』『広葉樹の森づくり』(いずれも共著、日本林業調査会)など。