■第49号(2014.4発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

「里山バンキング」の可能性
─里山が、環境政策の最前線になる。

東京都市大学教授 田中 章(談)


1.人の手で再現された「自然」。
2.壊す自然環境は、責任を持って「代償」する。
3.「バンキング」という仕組み。
4.オフセット以前:環境アセスメント制度の課題。
5.開発事業の自然への影響を、里山の整備でオフセットする。
6.プロによる継続的な維持・管理活動が必要。
7.ここから、新しい産業が生まれる。



人間の開発行為による自然環境の破壊と消失は、私たちが数世紀にわたって抱えてきた大きな問題です。その解決策として、どうしても必要な開発によって消失する自然を他の場所で代償する(オフセットする)手法が、世界的なスタンダードになりつつあります。この手法を日本に取り入れることはできるのか──今回は、その可能性について考察します。舞台となるのは、里山です。

■1.人の手で再現された「自然」。
アメリカ・カリフォルニア州北部、サクラメント・リバー沿岸。豊かな水をたたえる三日月湖を囲んで、湿原や河川林が広がる一角があります。絶滅危惧種のカミキリムシやタカの一種を含む多様な野生生物が数多く生息するこの自然、実は、別の場所で行われた開発事業の「代償」として、人工的に復元されたものなのです。
1980年代、大規模なウォーターフロントの宅地開発が計画されました。開発に先立ち環境アセスメント調査を実施したところ、その予定地には希少な動植物が多数生息しており、非常に貴重な河川生態系であることが判明しました。そこで、開発によって失われる自然と同様な生態系を、約8km北のトマト畑(100年以上前に同様な河川生態系を埋め立て農地化)に再現することが開発許認可の条件として事業者に義務づけられました。
私はこのプロジェクトに開発事業者側の自然復元プランナーとして従事しました。結果として約3年の歳月をかけ、全体で193エーカー(本トマト畑分は124エーカー、約50万u)にわたって、掘削、灌漑工事や多様な在来植物の植栽などを含む非常に大がかりな自然復元事業が行われました。約24年が経過した今、植物はもちろん、絶滅危惧種を含む動物たちがきちんと定着し、一定の自然生態系を再現できたという意味で、米国の中でも大いに成功した事例のひとつです。

■2.壊す自然環境は、責任を持って「代償」する。
こうした手法は米国では「代償ミティゲーション(=緩和)」と呼ばれ、国際社会では「生物多様性オフセット」と共通して呼ばれるようになりました。開発との調整をはかる有効な環境政策として欧米諸国を中心にすでに約70か国で制度化されています。「オフセット」とは、「相殺する、代償する」という意味。人間活動により失われるものを他の場所で生み出すもので相殺しようという仕組みが、温暖化防止政策において、CO2排出量を削減活動への投資などによって相殺する「カーボン・オフセット」と似ていることから、後にヨーロッパを中心にオフセットという呼称が一般的になりました。
その詳細は法律やガイドラインで規定されており、各国の制度によって異なります。たとえば、米国の水質浄化法で規定されているオフセットでは、復元する面積は、生態系が復元するまでの時間差や復元される生態系の質が元のものよりも劣ると判断されたりするため、消失する面積の数倍の代償が求められることもあります。移植する樹木や草本は在来のものでなければならず、種苗の入手方法なども含めた自然復元事業の計画について事前に所管官庁の認可を受ける必要があります。また、植栽後最低5年間は開発事業者の責任で管理するとともに生態系復元の定量評価を行い、その結果を所管官庁に提出しなければなりません。このような自然の定量評価のために、米国では「HEP(※)」をはじめとする客観的評価の方法も開発され、定着しています。
こうした手法の根本にあるのが、「人間活動による自然環境への悪影響は、できるだけ緩和しなければならない」という考え方であり、「壊す自然は壊す者が代償する」という責任の所在の明確化です。それを速やかに確実に実行するために、環境アセスメント制度や自然環境保全制度の中で、「生物多様性オフセット」を含む、環境への悪影響の緩和に関するルールが定められているのです。
ミティゲーションの優先順位はこうです。まず、開発行為の全面中止(ノーアクション案)や場所の変更によって環境への影響を「回避」することを検討しなければなりません。それが困難な場合には、事業の規模を縮小するなどによって環境への悪影響を「最小化」することを検討しなければなりません。しかし、どんなに「最小化」しても、自然を開発すればどうしても悪影響が残るために、別の場所に同等の自然を再生するという「代償(オフセット)」が義務づけられるのです。隣接地で同じような自然の代償をすることがより望ましいというのが原則です。しかし、それが不可能な場合は、冒頭の例のように近隣の別の場所で同様な生態系を再現したり、その地域の自然環境の状況にもよりますが、異なった種類の自然を再現することでも「代償」したと見なされる場合もあります。後述する「生物多様性バンキング」という政策を導入している場合にはさらにこの傾向は強くなります。
「代償」を考える際に特に重要なのは、「回避」→「最小化」→「代償」という優先順位を踏まえた結果としてでなければ「代償」は検討できないこと、開発行為があっても当該地域の自然環境の質と量を全体として現状維持することが、環境政策(法律やガイドライン)に明確にわかりやすく示されていることです。

■3.「バンキング」という仕組み。
こうした「回避」「最小化」「代償」のミティゲーション行為はすべて開発事業者の責任で行うことが義務づけられていますが、「代償」の場合には、候補地探しやその調査に始まり、動植物を含む生態系の再現、その後の維持・管理…と、幅広い分野にわたる専門知識やスキルが不可欠です。それらをすべて開発事業者自身の手で行うのは現実的ではありませんし、失敗する可能性も高くなります。
そこで登場するのが、こうした作業をまとめて第三者が行う「生物多様性バンキング」という仕組みです。プロの知識とスキルを持つ第三者(バンカー)が生態系調査、自然復元、維持管理などを行い、その成果分をクレジットとして、近隣で開発のために自然を消失せざるを得ない開発事業者に販売する。開発事業者はクレジットを「購入」することで、「代償」の義務を果たしたと見なされる仕組みです。
こうした仕組みがあることで「代償」の成功率は格段に高まりますし、自然復元事業の成果を売買する市場が生まれることで、従来、コストやボランティア活動としか見なされなかった自然の再生や保護という活動が新しいビジネスとして成立します。バンキングでは、対象とする自然がより希少なほどそのクレジットはより高価に販売できるなど、市場原理が生物多様性保全にとってプラスに働くことは注目すべき点です。カーボン・オフセットよりも早くアメリカで生まれた仕組みですが、ドイツやオーストラリアではアメリカ以上に盛んになっており、フランス、イギリス、マレーシアなどでもこの取り組みが始まっています。日本では生物多様性地域戦略、緑の基本計画、自然再生推進事業などにおける緑地形成推進のエンジンとして有効だと思います。

■4.オフセット以前:環境アセスメント制度の課題。
開発行為による環境への負の影響を実質的に緩和する段階的な「ミティゲーション」の仕組みを法制化することは、いまや世界の(少なくとも先進国の間での)スタンダードになっています。翻って日本ではどうでしょうか。
本来、開発と自然環境保全のバランスを図るツールとして、最も大きな影響力を有しているのは環境アセスメント(環境影響評価)制度です。日本で「環境影響評価法」が施行されたのは1999年。アメリカで世界初の統一的環境アセスメント法である国家環境政策法(NEPA=National Environmental Policy Act)ができてからちょうど30年後です。
そして、日本の環境アセスメント法には課題山積です。
1点目は、この法律(都道府県の条例も含めて)の網の目が粗すぎる点です。環境アセスメントを義務づけられているのはきわめて規模の大きな開発計画に限られます。私たちの身の回りで普通に見られるような開発の多くには適用されません。原子力発電所建設は大規模ですが、これによる放射能の影響などは3.11の後、つい最近までこの法律の対象外だったのです。
次に、先進国の環境アセスメントのルールでは、事業者の考える開発計画案に対して、環境への悪影響を減らすために、何もしないという全面「回避」案を含めた複数の計画案を検討することが求められます。アメリカの場合では、10〜20ものプランが示され、自然環境保全の観点からその優劣を比較検討することは珍しくありません。しかしながら日本では複数案評価は義務化されておらず、現状では事業者による一つの提案しか対象にされません。そのため、「A案よりB案の方が環境への影響が少ない」というような比較検討ができないのです。これが2点目の課題です。
3点目は、欧米諸国では環境アセスメント制度の骨格となっている「回避」→「最小化」→「代償」というミティゲーション(環境保全措置)の種類と優先順位が日本では法制化されていないことです。そのため、回避、最小化(日本の法では低減)、代償のそれぞれの定義も順序もわからず、結果として、本当に有意義で効果のある環境保全がなされるのかどうかを判断できないことです。実はミティゲーションの種類こそが、前述の複数案を考える時の土台となるものなのです。
さらに、生態系評価について、HEPのように生態系や動植物への影響を明確に客観的な数値で評価(定量化)することも義務づけられていません。その上、歴史的に日本の制度は、計画地の「周辺」に及ぼす影響に主眼がおかれ、「計画地自体」の自然の消失に対しては留意されないという本末転倒なところがあります。これは、前述した全面回避案(中止)や場所の回避案などの検討が義務づけられないということと密接に関係しているのです。
こうした背景から、日本の環境アセスメント制度では、どうしても「環境に影響はない」という評価になりがちであり、結果として、環境アセスメントを実施しても、本来の目的である環境問題(特に自然環境)の未然防止の実現がきわめて難しい状況になっているのです。

■5.開発事業の自然への影響を、里山の整備でオフセットする。
こうした問題点を考えると、日本でも早急により戦略的な法整備をする必要があります。けれどそれには時間がかかるし、それを待つ間にも失われていく自然がある。できることから進めることも必要だと思います。
そこで、私が提唱しているのが、開発によって失われる生態系の「代償」として里山を整備する「里山バンキング」です。世界の環境政策のスタンダードになりつつある「生物多様性オフセット」と同時にその発展型である「生物多様性バンキング」の仕組みを、この分野では後発の日本に最初から取り入れようというものです。
日本では、人が手を加え、薪などの林産物を得てきた里山が全国にあり、そこに日本的な二次的生態系が育まれてきました。しかし現状では、開発されて里山の場所自体が消失したり、残されている里山も利用されなくなったりしてヤブ化し外来種も侵入して従来の健全な生態系が維持できなくなっています。このような里山の生態系の再生や管理を持続的かつ自立的に可能にするのが「里山バンキング」です。その仕組みはこうです。
開発事業者は自ら土地を確保して里山整備を行ってもかまいませんが、ここに、前述した「生物多様性バンキング」の仕組みを取り入れたいと思っています。里山の再生・管理をする第三者機関「里山バンカー」を設定し、その「効果」を事業者が「購入する」ことで環境影響を相殺するという仕組みです。里山バンカーは地主である必要はありません。
まず、自治体が流域など一定のエリアで再生すべき里山を選定し、それを里山バンカーが整備します(この作業には地域の里山保全活動を行っているNPOに協力を仰ぎます)。自然に配慮した方法の林業や林産物の収穫なども行われます。そこでの生物多様性保全の「効果」は、HEPなどを用い専門家による第三者機関によって審査され、クレジットとして公認されます。里山バンカーはそのクレジットを開発事業者に売却することによって里山管理などの資金を調達する一方、開発事業者は「代償」の社会的義務を果たします。 
開発事業者にとっては、短期的には経済的な負担はありますが、地域の自然環境の再生という、自分たちの所属する地域社会への責任を果たすことができ、それらは広報することによって中長期的には経済的なメリットとなっていくと考えられます(逆に、開発のために自然を破壊し、それに対して何のフォローも行わない場合には、企業イメージの低下や国際市場での競争力低下などのリスクを負うことにもなるでしょう)。まとまった自然としての里山バンクの場所は地域の住民にとってはレクリエーションや教育の場を新たに得られるメリットがあります。

■6.プロによる継続的な維持・管理活動が必要。
ボランティアとして里山を整備している人たちは数多くいますが、持続的で効果的な整備をするには経験に裏打ちされた専門性の高い知識とスキルの継承と経済的な地盤が必要です。助成金をもとに短期間だけ人が手を入れ、その後放置すれば、厄介な帰化植物を連れ込んでしまうなどかえって自然を劣化させるおそれもあります。
一方、開発する側の企業の中にも、従来からCSR(企業の社会的責任)の一環として社有林を持ち、社員が森林に入って管理作業を手伝う、といった例は少なくありません。そうであれば、その人的パワーと経済的パワーを戦略的に里山バンクに集中させる方が有効だと思うのです。
「里山バンキング」という仕組みが定着すれば、そこに若いプロ集団が関わって継続的に管理していくことも可能になります。森林管理の人材を育てることや、そこで学んだ若い人たちの就職先となることは、日本型ミティゲーション・バンキングである里山バンキングの目標です。生物多様性の保全だけではなく人間に対するメリットを最大限模索し、持続性を持たせることが重要です。
法制度がない現状では、所有が細分化されていて地権者の方の数が多い日本の里山で、この考えに賛同し、協力してくださる候補地を全国に見つけていくことには困難が伴います。また、里山整備の効果を評価するための客観的かつ定量的指標の整備も急務です(HEPを日本の状況に応じて簡易化し、取り入れることも提唱しています)。評価結果を認証する第三者機関の設置・運営の方法なども確定していかなければなりません。現在は、賛同してくださる地権者の協力を得て、北海道、千葉、神奈川で基礎的な調査を始めている段階ですが、問題点をひとつずつクリアしながら、実現に向けての取り組みを進めていきたいと思っています。

■7.ここから、新しい産業が生まれる。
自然環境に配慮した方法を取り入れたり、義務など新たなルールを設けたりというと、経済の成長にとってマイナスになると二の足を踏む人たちもいます。けれど、私は違うと思っています。
生物多様性オフセットのルールが確立している欧米では、オフセット事業を計画したり評価したりする環境/造園コンサルタントや自然復元工事を担う造園土木会社、地域ごとの植物の在来種の種子や苗を提供する種苗会社、自然復元成果のクレジット売買を仲介するブローカーなど、多様な関連産業が分化し、かつそれぞれが深化しています。先ほど述べたように、森林管理の次世代の人材育成などの新たな職業分野を生み出すことは里山バンキングの柱となる目標です。
かつて日本の自動車メーカーは、アメリカの厳しい排気ガス規制の基準に合わせて環境負荷の少ないエンジンを開発しました。結果的にそのことが日本の自動車産業の競争力を強化し、卓越した環境技術を有する日本車の優位性にもつながっています。また、生物多様性オフセットとしての自然復元の面で言えば、日本は、日本庭園などに見られる自然の再現において世界有数の造園技術を持っています。この細心な造園技術を基礎にした自然復元に関わる産業は、従来の自動車産業と同様、世界をけん引する力を有しています。生物多様性オフセット政策や本来的な環境アセスメント(戦略的環境アセスメント)が世界のスタンダードになっている今、TPPなどの自由貿易が進むと、日本がこれらの制度に対応できるかどうかということは世界市場での様々な日本製品や日本企業の競争力を左右する新しい要素になると考えています。
もちろん、「オフセット」という仕組みに対して、「開発の免罪符にならないか」「そもそも自然は復元できるのか」「自然はユニークであり代替はできないのでは」といった批判があることも承知しています。しかし、これらの批判は誤解に基づくものです。開発により貴重な自然が消失するという事実に対してこそ、こうした批判は向けられるべきものです。まず、守るべき自然を守ること(回避)、これが最優先です。しかし、現状では開発による自然の消失に対してはほとんど無対策です。この問題に対する解決策として、生物多様性オフセットは、ほぼ唯一の効果的な方法であり、だからこそ世界各国でこの仕組みが取り入れられているのです。
日本でのこの仕組みづくりは重要な政策課題です。

※HEPはHabitat Evaluation Procedure=「ハビタット評価の手続き」の略。アメリカで生まれ世界で最も使われている生態系評価手法。「ハビタット」とは「野生生物の生息地」のことで、対象とする生物種のエサ条件や繁殖条件などの生存必須条件を「質」、ハビタットの面積やネットワークを「空間」、生息地が存在する「時間(期間)」という3つの指標でその場所を評価し、人間活動による影響度合いを明らかにできることが特徴。現存する生物多様性評価手法の多くがHEPを土台としている。田中教授は日本の第一人者。


[田中 章]
東京都市大学環境学部環境創生学科教授。環境アセスメント学会理事。1958年、静岡県清水市(現静岡市)生まれ。清水東高校出身。東京農工大学環境保護学科卒。ミシガン大学大学院(アンアーバー)ランドスケープアーキテクチャ修士課程修了。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。マスター・オブ・ランドスケープアーキテクチャ。(株)パシフィック・コンサルタンツ、(株)野村総合研究所、(社)海外環境協力センターを経て現職。専門は生態系復元・評価、環境アセスメント。
著書に「HEP入門〈ハビタット評価手続き〉マニュアル」(朝倉書店)、「野生生物保全技術」(共著、海游舎)など多数。「環境影響評価制度におけるミティゲーション手法の国際比較研究」で平成11年度日本造園学会賞受賞。