■第48号(2013.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

森あふれる日本 ─国土と環境の未来像─

東京大学名誉教授 太田 猛彦(談)


1.過去400年間で最も豊かな現代の森。
2.かつて、日本人は森を使い尽くした。
3.森林の荒廃から生まれた「治山治水」。
4.木を植える「意識」と、自然破壊という「知識」。
5.増えた森林は、海岸をも変える。
6.量の充実から質の充実へ。
7.海岸林の可能性、再び。
8.地球の進化と持続可能なエネルギー。
9.木と歩んできた日本人の環境貢献。



私たちが知らないうちに日本の森林は飽和していた──。量的な森林の変化は、国土そのものや環境にも様々な影響を与えはじめています。日本の森林の現状を正確に認識することを出発点に、新しい時代にふさわしい森林管理のあり方、そして、日本人が見つめなおすべき森林の価値について考えます。

■1.過去400年間で最も豊かな現代の森。
日本の森林は年々増えている──こう言うと、驚く人も多いかもしれません。けれどその様子は、毎年まとめられる森林・林業白書のデータにもはっきりと表れています。日本の森林蓄積は、天然林・人工林を合わせると約44.3億m3。半世紀前とくらべて約3倍になっているのです。
もっと以前の時代と比較すると、今の森林の豊かさはより明確にわかります。江戸から明治にかけての長い間、近郊の山の多くは、はげ山か、灌木しか生えていない荒廃山地だったからです。

■2.かつて、日本人は森を使い尽くした。
歌川広重の「東海道五十三次」など江戸時代の浮世絵には、しばしばその背景にむき出しの山肌や数本のマツが生えるだけの山腹などが描かれています。また、江戸末期に平尾魯仙が描いた「暗門山水観」では、白神山地に接する地域で大量の木材が伐り出されている様子がわかります。
古来、私たちは、この資源に乏しい日本で土と石と木を利用して生活してきました。中でも木は、建築物から身近な道具まであらゆるものの材料となり、生活や産業のエネルギー源であり続けました。年代とともに人口が増加すると、森林を切り開いて農地を増やす一方で、燃料や肥料の調達も増加します。室町時代以降は、製塩業や製鉄業、窯業などの産業も発達し、それによっても燃料の消費が激増しました。
日本の人口は、15世紀中ごろから18世紀の初頭(室町時代から江戸時代中期)までの間に、約3倍に増加したと言われています。その人口と産業を支えるために、身近にある山の木は大量に伐採されていきました。現在、私たちが眺めているような豊かな森林は、国土の半分以下にまで減少してしまったのです。

■3.森林の荒廃から生まれた「治山治水」。
山に木がないことは、様々な自然災害をもたらしました。里山やその周辺では少し強い雨が降れば山崩れや土石流などの土砂災害が起こり、下流ではその土砂で河床が上昇して洪水氾濫などの水害が頻発しました。さらにその影響は海岸にもおよび、流出する土砂が砂浜に到達することで激しい飛砂害を多発させました。各地の海岸林はそれを防ぐために造成されたのです。
こうした状況に対し、岡山藩の陽明学派の儒者であった熊沢蕃山は、「下流河川での災害は上流山地での森林の荒廃によるものであり、治水の根本は上流での森林保護である」とした「治山治水」を説きました。17世紀後半のことです。江戸幕府や各藩も、伐採の制限や植栽といった「森林の保全」と、堤防の建設や浚渫、川の付け替えといった「治水事業」を二本柱にして災害対策に取り組みました。

■4.木を植える「意識」と、自然破壊という「知識」。
この治山治水の考え方は、その後も脈々と受け継がれました。明治から昭和にかけての度重なる戦争や、戦後復興期、高度経済成長にともなう木材需要の増大期など、何度かの木材消費の拡大期があり、天然林を大量に伐り出してスギの一斉林にするといった変遷もありました。けれど、現在でも毎年開催されている「全国植樹祭」に見られるように、「木は植えるもの、木を植えることはよいこと」という考え方は、私たちの心の中にしっかりと根を下ろしています。
その一方で、「山に木がなかったから」という前提の部分が知識として受け継がれることはありませんでした。文書などの記録としてもほとんど残されていません。なぜなら、山に木がない状態は、当時の人々にとってはあまりにも当たり前の話だったからです。そして、そのために、現代に生きる私たちの多くは「かつての山には木がなかった」という事実を知りません。
私たちが昨今受け取る情報にもいささか偏りがあります。日本人の多くは平地に暮らしており、そこで目にするのは、近郊の山を切り開いての宅地化や商工業地化の進行です。海外からは森林破壊のニュースがもたらされ、地球規模で絶滅危惧種が拡大していることもよく知られるところとなっています。日本の森林は私たちの生活圏から遠くにあり、その現状に触れる機会は日々のニュースに接する機会よりはるかに少ないのです。
昔の状況を知らないこと。そして、にもかかわらず「木を植えよう」というスローガンをしっかりと教育されたこと。そして、日々入ってくる自然破壊のニュース。これらが相まって、日本人は、森林は今も損なわれ続けているという印象を抱いたまま、木を植え続けているのです。

■5.増えた森林は、海岸をも変える。
かつて薪炭などを取るために常に人の手が入っていた里山は、その多くにササや灌木が生い茂り、とても人が入れる場所ではなくなっています。人工林でも、林業の低迷とともに間伐遅れの森林が増加。樹冠が閉鎖するために下草が生えず、地表が裸地化して表面侵食が起こるなどの問題もあります。奥山でも、拡大造林期の大面積皆伐や道路整備など、人間の活動が拡大した影響を受けて生物多様性が脅かされています。つまり、質の面では、いずれの森林も問題を抱えているのが現状です。
しかし、そのような状態であっても、量的に豊かになったことで、森林は周辺の環境に様々な変化をもたらしています。顕著なのは、山を森林が覆い尽くしたためにそれまで頻繁に起こっていた土砂崩れ(表層崩壊)が極端に減ったことです。それによって、山から河川を通って海へ運ばれる土砂の量も減りました。
直接的な土砂災害が減ったことはもちろん喜ばしいことですし、ダムの堆砂量が減って貯水量に余裕が生まれたり、海岸での飛砂害が減少することはメリットだと言えます。一方で、河川では河床が低下し、橋げたが不安定になる事例が起こっています。海岸では砂浜が縮小している場所が全国にありますし、台風の高波で海沿いにつくられたバイパスが崩壊する例も起きました。
1978年から92年までの15年間の海岸侵食量は、平均で年間160ha。これは、それ以前の70年間の年間平均値の2倍以上です。たしかに、貯水ダムや砂防ダムの整備、河川での砂利採取などの影響もあるでしょう。けれど、かつてのはげ山の時代と飛砂害の多発、現代の森林蓄積の増加と海岸侵食の増加がともに時期的に重なることには注目すべきです。森林の変化は、山のみならず、河川や海岸に至る国土や環境にも変化をもたらしているのです。

■6.量の充実から質の充実へ。
では、こうした状況をふまえた上で、私たちは日本の森林とどのように向き合っていくべきなのでしょうか。
研究者の中でも、森林が豊かになったのならそのまま保全していけばいいのではないか、という意見があります。けれど、本当の奥山──環境を保全するための森林──を除けば、人が手を入れて木を使うほうが森林の質を高めることは、現在の森林の荒廃を見ても明らかです。里山にせよ人工林にせよ、長い歴史の中で使いながら育てる前提の森林づくりをしてきたからです。
前述したように、森林の変化は河川や海岸の変化ともつながっていますから、これからの森林管理を考えるときには、山から海岸まで、国土から環境までを包括的にとらえ、林業の技術と治山の技術が連携することが重要でしょう。その上で、場所によって、林業を中心にして環境までを考える「使う森」と、環境保全を中心にしてできれば木材生産も行う「護る森」とに分けて管理することが必要です。また、海岸線を維持するために、被害を出さない範囲で適度に土砂を下流に流す手法の開発や、森林の増加に伴って増える流木被害の対策にも取り組む必要があるでしょう。そして、日本のおかれている状況──火山国であり地震国であることや、急峻な地形、台風や梅雨などによる多雨、日本海側の多雪、高い人口密度、人口減少社会など──に即した新しい森林管理の方法を創りあげていくべきだと思います。

■7.海岸林の可能性、再び。
そうした新しい森林管理の必要性は、海岸林においても同じです。
2011年の東日本大震災の津波で被害を受けた海岸林の様子には、多くの人が胸を痛めたと思います。現地を調査すると、壮齢のマツであるにもかかわらず、根返り(樹木が押し倒されて根の大部分が地上に浮き上がった状態)を起こし、樹木全体が流出してしまったものが多くみられました。
倒れたマツが流木化したこともあって、「マツは根が浅いために流されやすい」というような論調を生んだようですが、それは事実と異なります。調査の結果、流出した海岸林では地下水位が高く、乾燥した土壌を好むマツは垂直の根を十分深く下ろすことができない環境であったことがわかりました。
マツ、特に海岸林に多く植えられたクロマツは、海岸の過酷な環境でも力強く成長する樹種として見出されました。砂や潮、風から住まいや田畑を守るだけでなく、その落ち葉や枝は燃料としても利用され、地域の人々の手によって守られてきたのです。
前述のように飛砂害そのものが減り、海岸林の利用の仕方も変化してきてはいます。けれど、津波で海岸林を失った地域では、海が直接見えて不安だという声があがり、また内陸部まで直接吹き込む潮風に、海岸林の役割を改めて感じている人も多いのです。
流出してしまった海岸林の再生事業も徐々に進行していますが、必要な盛り土をした上に、できるだけ広い幅の林帯を設け、適切な樹種を選ぶことで、健全な新しい海岸林をつくる方法はあると考えています。健全な海岸林は、暮らしと海との間の自然の緩衝材として強い海風や潮をやわらげてくれるでしょうし、津波や高潮の力を弱め、減災につなげる力を十分に発揮できると思います。

■8.地球の進化と持続可能なエネルギー。
そうした取り組みと同時に考えなければならないのは、どうすれば日本の森林の木をもっと使うようになるか、という問題です。まさに、この数十年の間、日本の森林と林業が抱えてきた課題です。私はこれを、地球の進化の過程に照らし、環境問題と対応させて考えたいと思っています。
私たちの暮らす地球は、約46億年前に誕生しました。その歴史の最初のうち、地表を覆う気体の9割以上を占めていたのはCO2でしたが、やがて生まれた植物などの光合成によって固定され、徐々に地上から地下へと移動していきました。それが石炭や石油といった化石燃料です。つまり化石燃料は、地球の進化の過程で地下に「捨てた」ものであり、そのおかげで(CO2に替わって酸素が増えたことで)、地上には多様な生物が生まれることができたのです。
私たち人類も、長い間、地上で手に入れられるものをエネルギー源として暮らしてきました。中でも木は、太陽エネルギーによって(CO2を固定しながら)成長し、利用しても新たな木が成長するという、再生可能なエネルギーでした。
ただ、木は一度伐ったら次に成長するまで時間がかかりますから、その時間を待ちきれずに過剰に伐採し、はげ山にしてしまうというアンバランスも起こりました(室町時代から江戸時代にかけての日本の人口増加や産業の発達は、資源としての木が支えられる範囲にとどまったという見方もできると思います)。
ところが、かつて地下に捨てた化石燃料を取り出せるようになると、人類はこぞってこれを利用しました。いわゆるエネルギー革命です。今度は成長を待つ必要もありません。それが現在に至る急速な人口増加と産業の発展を支えてきたわけですが、すでに地球の環境容量の壁に直面していることは議論を待つまでもないでしょう。
地球の歴史という観点で見る限り、化石燃料を大量に使うことは地球の進化に逆行しています。地球温暖化をはじめ様々な環境問題が深刻化していることは、その証左なのではないでしょうか。そして、そうした環境問題のひとつの解決策が、私たちの暮らす地上で持続可能な炭素循環を生み出せる木の利用だとは考えられないでしょうか。

■9.木と歩んできた日本人の環境貢献。
地球環境への認識が高まってきた現代なら、こうした考え方を浸透させることもできる、日本の木材を利用することの根拠にできると、私は考えています。
ただ、日本の木材には競争相手がいます。外材と代替材です。
木を使う人にとっては、それが国産材であっても外材であってもあまり違いは感じられないでしょう。さらには、私たちの生活はプラスチックなどの便利な代替材であふれていますから、本当は木がなくてもそう困りはしないというのが現実です。しかし、だからこそ、環境の論理で説明することが必要です。
外材に対しては、はるばる何千キロ、何万キロの距離を運んでくる間に、どれだけの化石燃料を使っているかということを考えてほしい、ということです。輸送の部分も含めて、本当に環境負荷の少ない木材を選ぶ消費者の意識を育てていくことも重要です。プラスチックなどの代替材も、すべては石油などの化石燃料が原料ですから、同じく環境負荷を意識することで、木製のものを選ぶ動機にしていけるのではないでしょうか。
新しい時代の適切な森林管理のもとで木材が生産され、多くの人がこうした共通認識を持って日本の木を使っていくことができれば、量的に豊かになった森林は質的にも豊かなものになっていくでしょう。
資源の乏しい日本という国で、私たちは、木を、森林を使う知恵を磨いてきました。森林を育てる技術も、余すところなく利用する技術も、しっかりと蓄積されているはずです。それを、いま直面している環境問題を解決する手段として発揮すること。それこそが、日本と日本人ができる、持続可能な社会への貢献です。そして、日本の森林は、それだけの豊かな可能性を持っているのだと思っています。


[太田 猛彦]
1941年東京生まれ。東京大学大学院農学系研究科修了。東京農工大学助教授、東京大学教授、東京農業大学教授を経て現職。農学博士。砂防学会、日本森林学会などで会長を歴任。日本学術会議会員、林政審議会委員を務め、現在FSCジャパン議長。専門は森林水文学、砂防工学、森林環境学。
主な著書に『森林飽和』(NHK出版)『森と水と土の本』(ポプラ社)『水と土をはぐくむ森』(文研出版)、編著に『渓流生態砂防学』(東京大学出版会)など。