■第47号(2013.4発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

「エリートツリー」が拓く、日本林業の新たな時代。

独立行政法人 森林総合研究所
 林木育種センター 育種第二課長 星 比呂志(談)



1.2年で樹高3m。ぐんぐん育つ、「エリートツリー」。
2.日本全国の山から「やまいち」が集められた。
3.選び抜かれた「やまいち」のこどもたち。
4.成長の速さが育林コストを抑制する。
5.地域ごとの施業に合わせた特性も。
6.育林分野の技術革新のひとつとして。
7.未来の林業のビジョンを描くために。



品種改良によって生まれた新しい樹木、「エリートツリー」が注目を集めています。木材価格が上がらない中、苦しい経営が続く日本の林業にどのようなメリットをもたらすのか。実用化へ向けて、第一歩を踏み出したエリートツリーの可能性をさぐります。

■1.2年で樹高3m。ぐんぐん育つ、「エリートツリー」。
2012年4月、250本のスギの苗が、林木育種センターから地元の茨城県に配布されました。約60年にわたって研究開発が進められてきた「エリートツリー」の原種の第一陣です。
「エリートツリー(第2世代の精英樹)」とは、優れた性質をもつ木を選抜し、それらを交配することで生まれる、特別に優秀な(=エリートの)木のこと。大きな特徴は、その成長の速さです。たとえばスギでは、九州において2年で3m、関東において5年で7mの樹高に達するものもあります。

■2.日本全国の山から「やまいち」が集められた。
エリートツリーの開発が始まったおおもとは昭和29年です。「精英樹選抜育種」と銘打ったプロジェクトで、当初の目的は木材生産力の増強でした。日本は戦後の物資不足の時代であり、林業の分野でも、どんどん伐って使いたい、という木材需要に応える必要があったのです。
「育種」とは、植物などを遺伝的に改良し、より好ましい性質をもったものをつくり出すことをいいます。コメや野菜の分野では、寒さや病気に強い品種、甘みの強い品種などが次々に生み出されていることが広く知られていると思います。実は林業の分野でも、吉野スギや北山スギ、木曽ヒノキなど、銘木といわれる木を育ててきた産地では、古くから一部で経験的に育種が行われていました。それを、科学的・体系的・大規模に実践したのが、この「精英樹選抜育種」でした。
プロジェクトは、まず、スギやヒノキ、アカマツやカラマツなどの林業用樹種について、全国の造林地(一部は天然林)から、特に優れた個体を選び出すことから始まりました。その山でいちばんいい木──通称「やまいち」──を集めたのです。大きく育ち、材質もよい「やまいち」を集め、その種や穂から苗木をつくって育てることができれば、すばらしく生産性の高い木が生まれるはずだ──そうした考えから、研究拠点である林木育種センターに集められた個体は9000を超えました。
それらは挿し木や接ぎ木の形で増やされ、現在に至るまで保存されています(林木育種センターは、その意味で、林木の分野では日本で唯一のジーンバンク(遺伝子の銀行)です)。
増やされた苗木からは、ふたつの方向での育種が行われました。ひとつは、造林用の苗木を改良する方向。それらは優秀な遺伝子を持つ原種苗として都道府県の採種園・採穂園に供給され、そこから数多くの造林用の苗木が生産されました。現在、各地の山で育てられているスギやヒノキは、全体の約7割が、そうした採種園・採穂園由来のものです。
そして、もう一方で進められたのがエリートツリーの育成でした。

■3.選び抜かれた「やまいち」のこどもたち。
第一段階は、林木育種センターに集められた「やまいち」の成績表をつくることでした。「やまいち」の中には、偶然日当たりがよかったり、栄養や水分の条件が整っていたために大きく育った木があるかもしれない。このため、集められた「やまいち」から種や穂を取って苗木を育て、たくさんの「やまいち」の苗木を同じ場所に植え(これを検定林といいます)、その成長を比較することで、「やまいち」の成績表をつくったのです。
そうして優秀であると認められた「やまいち」同士をさまざまな組み合わせで人工交配します。人工交配では、どの木とどの木の遺伝子を受け継いでいるのかを把握できる。どの組み合わせがより優秀な性質となって表れるのかを見極めることができるのです。その、人工交配で生まれた苗木──優秀な「やまいち」のこども世代──の中からさらに優秀な木を選び出したものが、エリートツリーです。
エリートツリーの開発が、「銘木」の産地で行われてきたこれまでの育種と大きく違うのは、性質のコントロールにおいてです。
たとえば京都の北山スギには、床柱などに使われる「磨き丸太」や「絞丸太」の有名な品種がいくつもあります。これらは、人工林の中から磨き丸太や絞丸太にふさわしい特徴──できるだけ真円で幹がまっすぐであり、年輪が詰まって木肌に艶がある、など──を持ったものを選抜し、それを挿し木によって増やしていったものです。この方法では、代を重ねても品種の性質は変化しません。
対してエリートツリーの場合は、優れた木を選抜した後、それらを人工交配し、さらにその中から優れたものを選抜する方法をとっています。選抜と交配を繰り返すことによって、代を重ねるごとに、より性質が顕著なもの、より優秀なものをつくり出すことができます。また、材の強度が高い品種を掛け合わせて、成長が良いうえに材の強度が高いものをつくり出すこともできるなど、品種の性質の程度や種類を比較的自由にコントロールすることができます。伝統的な林業における育種では、ほしい性質を持ったものが出現するのを待つだけだったわけですから、大きな違いだといえるでしょう。
エリートツリーの中には、私たち研究者の想像を超えて成長が速いものが数多く出てきました。また、育種技術が進歩したために、原種配布から苗木が出荷されるまでの時間を、従来の13〜14年から半分程度に短縮することも可能になりました。こうして、実用化に向けた道筋ができ、冒頭の、茨城県への原種配布に至ったのです。

■4.成長の速さが育林コストを抑制する。
エリートツリーを開発する当初の目的が「木材生産力の増強」であったことは前述しました。しかし、約60年という時間の経過の中で、林業をめぐる環境は大きく変化しました。もはや、「どんどん伐って使いたい」時代ではありません。
では、現在の林業にとって、エリートツリーの「より速く、より大きく育つ」性質は、どのようなメリットがあるのでしょうか。
そのひとつが、育林コストの抑制です。
日本林業は、欧米諸国と比べて育林コストが高いことが指摘されています。植林してから主伐までは、スギの場合で50〜60年。その間にかかる費用は、地域にもよりますが、全国平均で1haあたり約250万円程度です。ところが、現在そこから得られる収入は、立木の状態で売っても130万円くらいです。つまり、全然儲かっていない。さまざまな補助金を得ることで、かろうじて運営しているというのが今の日本林業の状態です。これでは意欲がなくなるのも無理はありません。 木材価格がもう少し高ければ、という議論は尽きませんが、育林コストを下げることでも経営に対してプラスの効果はあるはずです。
ここで期待できるのがエリートツリーの成長の速さです。
まず、エリートツリーは、枝を伸ばして樹冠が鬱閉するまでの期間が従来のものより短く、早く林の状態を形成します。このため、これまでのように高い密度で植える必要がなくなります。従来の植林では、スギの場合なら1haあたり3000本、つまり1坪(2畳)に1本植えるのが標準的でしたが、おそらく半分程度の密度で済むだろうと考えています。現在、苗木1本の価格は全国平均で約100円です。それを3000本植えると30万円。それが15万円で済むわけです。さらに、苗木を植える費用(3000本で25万円程度)も半分になります。
初期成長が速いと、下刈りコストも削減できます。下刈りの費用は1haあたり約10万円。現状では主伐までに5、6回行うので、それだけで50〜60万円もかかってしまう。これを3回程度にできると考えています。また、最初に植える本数が少ない分、間伐の回数も減らすことができ、間伐費用も削減することができます。
こうしたことをすべて合算すると、1haあたりのコストを70万円くらい減らすことができる。林業経営の負担を減らすことに、かなり貢献できると考えています。
また、昨今非常に大きな問題になっているシカの食害などに対しても効果が見込めます。シカは、口の高さ(ディアライン)を超えれば先端の芽を食べることができません。ディアラインに到達するまでの期間が短ければ、シカに対して厳重に対策をしなければならない期間を短くでき、その分コストを下げられます。また、初期成長が速いことで、下草の草丈を高い状態にしておける。そういう草丈の高い山をシカは好まないので、その面でもプラスに働くでしょう。
さらに、主伐までの期間も相当短縮できると考えています。
前述したように、スギの場合、苗木を植えてから主伐まで50〜60年かかるところを、エリートツリーでは、九州だと30年くらい、関東だと40年弱くらいの期間で伐れると見込んでいます(従来と同程度の材積・量がとれることを条件とした試算です)。
主伐までの期間を短縮できるということは、収入の機会をそれだけ増やせるということです。また、自己資金だけで林業経営をしている方は少ないですから、経営資金を借りる、その金利だけを考えても大きなコスト削減につながるでしょう。
育林のコストを抑制した上で、主伐(=収入)の機会をより多くすることができる。それが、エリートツリーによる林業です。

■5.地域ごとの施業に合わせた特性も。
成長の速さはエリートツリーの基本とする特徴ですが、プラスアルファの特徴をもったエリートツリーも生まれつつあります。
日本は縦に長く、気候なども含めた多様な環境があるため、林業においても、それぞれの地域で解決しなければならない問題が異なります。たとえば、東北、主に日本海側では、雪による根曲がりは大きな問題です。立木の中でもいちばん材積のある部分が曲がってしまうため、全体の1割くらいが使えなくなっているという試算もあるほどです。新潟県を含めた東北地方の日本海側の生産量は1年間に約100万m3、市場価格を1m3あたり1万円として100億円規模ですので、そのロスは相当な金額となっていると思われます。そこで、積雪があっても曲がらず、まっすぐ伸びるという性質を持ったエリートツリーの開発にも取り組んでいます。
また、地域ごとの施業方法の違いに対応する研究も進めています。種から育てた苗木を植える関東地方や東北地方に対して、九州地方、特に中部南部では、スギはほとんど挿し木で育てます。この施業に合わせて、挿し木でよく根を伸ばし、速く成長するエリートツリーを開発しています。

■6.育林分野の技術革新のひとつとして。
戦後の日本林業がたどってきた道のりを振り返るとき、造林・育林の分野では、ほとんど技術革新が進まなかったことに気づかされます。伐採や製材の過程で機械化・省力化が進んだのに比べると、せいぜい下草を刈るときの鎌が草刈り機になった程度で、コストを下げたり生産性を上げたりするための変化はなかったといっていいでしょう。
木材価格が高い時代にはそれでも採算がとれていましたが、現在のように安値で安定してしまっていては、林業家の経営は苦しくなるばかりです。しかし、世界的に見ても、今後、木材価格が画期的に上がることは考えにくい。それならば、生産コストをできるだけ下げて、少しでも利益の出る林業の方法を開発していくことは急務だと思います。そして、エリートツリーは、そのための技術革新のひとつだろうと考えています。
もちろん、こうした品種改良には、遺伝子の多様性をどのように担保するかという課題もあり、我々原種をつくる研究者も細心の注意を払っています。ただ、林木育種センターには、9000以上の「やまいち」の遺伝子がある。この財産を活用することで、遺伝的多様性を損なわずにエリートツリーを生み出していくことができると考えています。
日本には、北山スギや秋田スギ、木曽ヒノキなど、木材の超一級ブランドがあります。年輪が密で木目が美しいといった性質を追求することで価値を高め、高価に取引されてきたのが日本の林業の歴史でした。そうした付加価値の高い木を育てる林業は、これからも続いていくと思います。
ただ、最近では、日本全国に大規模な集成材や合板の工場が誕生し、大量の木材が消費されるようになってきました。そうした工場で使われるのは、銘木ではなく、よりスタンダードな木材です。求められるのは、強度などが一定の基準を満たしていることや、適切な一定量がきちんと納期に入ってくるということです。品種改良、育種の分野でもそうした消費傾向を見越した対応が必要であり、エリートツリーは、そうした需要にこそ応えられるものだと考えています。

■7.未来の林業のビジョンを描くために。
エリートツリーは現在林木育種センターが全国で開発を行っており、今後も開発を進めていきます。そして、開発したものは、順次原種として供給していく考えです。冒頭に述べた茨城県のケースに続き、平成25年度には関西と九州でも原種配布を予定しています。数年後には、そこから一般の造林用の苗木が生産されるでしょう。価格的にも、従来の苗木と同等になるはずですから、林業家の方々は、プラスアルファの負担をすることなくエリートツリーを選択できるようになる。コストを抑えつつ、収入の機会を増やせる林業を選べるようになると思います。
エリートツリーが林業経営にプラスの効果をもたらすためには、広く一般に認知されることが重要です。エリートツリーについて話を聞いてくださった方々は高く評価してくださっていますし、できるだけ早く実用化させてほしいという声も聞こえてきます。ただ、今は実際に成長したエリートツリーが見られるのは林木育種センターの試験地だけですから、より広く知っていただく機会をもうける努力も、まだまだ必要だと思っています。
苦しい状況が続いている日本の林業を好転させるためには、たとえ木材価格が上がらなくてもやっていける仕組みを、皆で知恵を絞り、力を結集してつくっていかなければならないと思います。そして、エリートツリーは、その中で確かな役割を担うと考えています。


[星 比呂志]
1959年生まれ。福島県出身。東北大学大学院理学研究科修了。理学博士。専門は林木育種。林木育種センター育種部、同遺伝資源部、北海道育種場、東北育種場及び九州育種場の各地に勤務し、日本の北から南の様々な地域における品種開発と遺伝資源に関する研究に幅広く取り組む。
主な著書・著作に『森林遺伝育種学』(文永堂;分担執筆)、育成した品種に雄性不稔スギの「爽春(そうしゅん)」(農林水産登録品種;共同育成者)、など。