■第45号(2012.4発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

「ナラ枯れ」が示唆するもの
─健康な森と歩む未来へ─

神戸大学大学院 農学研究科 教授 黒田 慶子(談)


1.夏の山に現れた「紅葉」。
2.「マツ枯れ」という先例。
3.ナラ枯れ対策でも、同じ道が。
4.対策を阻む「コスト」と「価値観」。
5.被害増加の原因は、使われない里山。
6.枯れ行く山は、自然か、不自然か。
7.いま目指すのは「健康な森林」。
8.もういちど、「価値ある森」へ。



いま、日本の広い範囲に分布するナラ林で異変が起きています。たくさんの木が集団で枯死してしまう「ナラ枯れ」。それは、慣れ親しんできた山々の風景を一変させながら拡がっています。その背景には、日本人と森林とのかかわりの変化があり、これからの森づくりへのヒントがありました。

■1.夏の山に現れた「紅葉」。
たとえば、いつも見慣れた近くの山で。あるいは、観光で訪れた京都で。夏にもかかわらず、木々がまるで紅葉したように色づいている風景を見たことがあるでしょうか。それが、ミズナラ、コナラなどのナラ類や、カシ、シイ類が集団で枯死する「ナラ枯れ」です。
1930年代から被害の記録があり、1990年代から急増、最近では本州各地に拡がり、30都府県に被害が出ています。年間の枯死量も、年度によって差はあるものの、約16万m3〜30万m3と毎年大きな数値になっています(林野庁 森林病害虫被害量実績より)。
ナラ枯れは、「カシノナガキクイムシ(以下、カシナガ)」という昆虫が、特定の病原菌(Raffaelea quercivora、カビの一種)を媒介することによって起こる伝染病です。カシナガは、生きている木の幹に穴をあけてもぐりこみ、そこで産卵するのですが、その際に病原菌を体につけて持ち込みます。この菌が幹の内部で繁殖すると、その木は水が吸い上げられなくなって枯れてしまうのです。
木の中で孵化した次世代のカシナガは、翌年の初夏まで枯れた木の中で成長し、6〜7月ごろから産卵できる場所──ナラ類やシイ・カシ類の木──を求めて一斉に飛び出します。大径木の場合、1本から飛び出すカシナガの数は数万匹にのぼることも。被害がいかに急速に拡がり、多くの木にダメージを与えるかがわかると思います。

■2.「マツ枯れ」という先例。
ナラ枯れと同様、社会問題になっている木の集団枯死に「マツ枯れ」(マツ材線虫病)があります。
病気のメカニズムは、ナラ枯れと似ています。マツ枯れの場合は、「マツノマダラカミキリ」という昆虫が「マツノザイセンチュウ」という病原体を媒介するのですが、この線虫が感染するとマツの樹液の上昇が妨げられ、枯死するのです。
最初の被害が報告されたのは、1905年の長崎。輸入品の梱包などに使われていたマツ材の中に、病原線虫を持つカミキリがいたものと推測されています。以来100年あまりの間に青森県と北海道を除く全国に広がったマツ枯れは、1970年代に急速に増加し、1979年のピーク時には年間243万m3もの被害がありました。2000年代以降も、依然として毎年50万m3以上のマツが枯れています。
外来の伝染病であったマツ枯れに対して日本のマツには抵抗力がなく、感染は枯死に直結しました。マツは昔から日本人にとって親しみ深い木であり、また海岸林が一斉に枯れるなど被害の大きさが目に見えやすいこともあって社会の関心を集め、研究も集中的に行われました。
日本人の研究者によって原因がつきとめられたのは1970年代のこと。しかし、当初は(一部は現在でも続いていますが)、酸性雨説や大気汚染説、土壌の富栄養化説など、様々な説が唱えられていました。被害を大きくしないためには、本来なら、被害が少ない段階でカミキリの駆除を続ける必要があります。しかし、原因についての正しい認識がなかなか浸透しなかったことで対策が遅れた事実は否めません。そして、100年たった現在もマツ枯れによる被害は続き、終わりの見えない闘いの中で、対策をあきらめてしまった地域も増えています。

■3.ナラ枯れ対策でも、同じ道が。
一方、ナラ枯れの原因解明と防除法の研究・開発が始まったのは、被害が急増した1990年代でした。マツ枯れの際の研究の積み上げもあり、90年代の半ばには、「枯死の原因は菌で、カシナガがそれを媒介している」というメカニズムをほぼつきとめることができていました。
しかし、マツ枯れの時と同様、それが認識されるには一定の時間がかかりました。地球温暖化が原因だと言われたり、「ならたけ病(ナラタケの菌糸が寄生して枯死させる病気)」だと報告されたこともありました(今は否定されています)。ナラ類の価値が低かったこと、マツの海岸林のように国土を守っているという認識がされていなかったこと(本当は、急峻な山の斜面に生えて土壌を支えているのですが)などもマイナスにはたらきました。
2004年、ようやくカシナガが法定害虫に指定され、駆除に国の補助金が利用できるようになりました。原因究明から、ほぼ10年後のことです。
防除のためには、いくつかの方法があります。
すでに感染し、枯死した場合は、カシナガが翌年に健全木をめがけて飛び立つ前に木を伐り、薬剤で中のカシナガを駆除することが効果的です。一方、健全木の感染予防には殺菌剤の注入が効果的です。幹にビニールシートを巻いてカシナガの侵入を防ぐ方法も試されています。いずれの場合にも、被害の程度を見極めて方法を選択することが重要です。
しかし、こうして研究が進んでも、実際の対策はなかなか進みませんでした。

■4.対策を阻む「コスト」と「価値観」。
ナラ枯れの防除には、どうしても、被害木のある現場まで行って対処することが必要です。ナラ枯れを引き起こすカシナガは、羽化して飛び出すとすぐに幹の内部に入り込んでしまうために、マツ枯れの場合のように上空から薬剤を散布しても効果が出ません。時に急な斜面に生える木の1本1本に対処する必要があるため、大きなコストと大変な手間がかかるのです。また、こうした対策をほどこした場合でも、その年の気象条件や木そのものの状態によって効果の出方には差があります。何年か防除を続けた上で冷静に判断する必要があるのですが、すぐに効果を求めるあまり、継続的な対策が行われにくい、という側面もあります。
加えて、民有林の場合には所有者がはっきりしないところが多く、所有者がわかっていても対策を講じることに積極的でない方も多い。行政の側でも、個人の財産に公的な資金を使いにくいために尻込みしがちでした。
愛着のある砂浜のマツ林や、神社仏閣などにある文化財的な木が枯れるということになれば、人は、おそらくもっと大きな危機感を抱くはずです。なんとかして枯れさせないよう、あるいは予防しようと努力するでしょう。けれど、ナラ類に対しては、そうではありません。
コストをかけてまでナラを守る動機が見出せずにいる──その背景にあるのが、森林と人間とのつきあい方の変化です。

■5.被害増加の原因は、使われない里山。
ナラ類があるのは、多くが、かつて薪炭林だった森林、いわゆる里山林です。薪が主な燃料だった時代、そこにある木は「生活のための資源」という大きな価値を持っていました。だからこそ日常的に人が入り、手入れをし、守り育ててきたのです。
周期的に木を伐採していたかつての薪炭林は15年生から30年生程度の若い木がほとんどでした。しかし、木を伐って使うことが途絶えたいまの里山には50年生〜70年生といった大径木がたくさんある。カシナガは細い木よりも大径木を好んで加害し、しかもよく繁殖するという特性を持っています。若い木ではカシナガは増えにくく、穿入されても枯れることはまれですが、大径木で大量に繁殖すると、その木を枯死させるばかりでなく、翌年に大きな被害をもたらすのです。
近年の里山整備では、大径木だけを残して公園化する例がほとんどですが、人が散策するには気持ちのよい環境が生まれる一方でカシナガに都合のよい森林となり、そこで大きな被害が出ています。
最近の研究では、江戸時代の古文書の中にもナラ類の集団枯死とみられる記述があることがわかってきました。ナラ枯れは土着の病気だったと考えられ、日本のナラは、この病気と、ある意味で共存してきたはずでした。事実1950年代までは、枯死の報告は散見するものの、今起こっているような大規模な被害は出ていません。人が木を使わなくなったこと、それによってかつてないほどに木が成長したことが、ナラ枯れ蔓延の温床になっているのです。

■6.枯れ行く山は、自然か、不自然か。
生活のための燃料が薪から石油・ガスなどに移行した1950年代以降、里山林は次第に「価値を感じられない森林」になっていきました。そして、その中で、確実に被害は拡がっています。
ナラが枯れて何が困るのか、自然の摂理なのだから放っておけばいい、という意見もあるでしょう。けれど、今の状態が本当に「自然」なのか、と疑問を感じざるを得ません。
里山林は、長いところでは数百年にわたって人が手を入れ、畑から作物を収穫するように薪や材を得てきた森林です。人間が関与することで安定的に維持されてきた歴史があり、それをやめたからといって安定した原生林には戻らない。放置した里山林でナラ枯れやマツ枯れのような伝染病が蔓延するいまの状態が、その不安定さの表れではないでしょうか。
ナラ類は、マツ類と並んで里山林の中心的な樹種であり、地域によって分布は異なるものの、里山林は国土の約2割を占めています。薪炭林として利用されなくなって以降も、水源の森であり、土壌を支え、地域の風景をつくってきたはずです。ナラ類が大量に枯れるということは、そうしたものが失われるということにほかなりません。
森林所有者の方々は、将来、子どもさんやお孫さんに山を引き継がれるでしょう。また、森林を含めた私たちの生活にかかわる環境も、次世代に引き継がれていくものです。日本人が共通して感じられる「森林の価値」を再構築することは今後の課題としても、「次の世代に引き継ぐとき、どのような森林になっているべきなのか」については、まさにいま、考えておくべきテーマだと思います。

■7.いま目指すのは「健康な森林」。
これからの森林の姿を考えるにあたって、ひとつの共通した指標になるのは、森林の「健康」ではないかと思っています。
「健康」という言葉には、様々なとらえ方があるでしょう。人間の場合でも「100%健康だ」と言い切れる人が少ないように(元気だけれど、少し血圧が高いとか、足が痛いとか)、森林にも様々な「健康状態」が想定できる。ですから、「健康」であることの必要条件を「樹木が持続的に成長し、将来まで(次世代まで)維持されること」と考えたいと思います。
ナラ枯れ・マツ枯れのように、木が一斉に、大量に枯れてしまう森林は、健康とは言えません。手入れされずに放置され荒廃している人工林も同じです。日本には、存続することすら危ぶまれる「健康ではない森林」がいたるところにあります。それらが、将来まで維持できる健康な森林になったほうがいい、ということについては、反対する人は少ないと思います。
健康かどうかの判断基準は、森林によって変わるでしょう。たとえば木材生産が目的の人工林の場合には、材質が悪い森林は健康とは言えません。しかし、それが雑木林なら、中の材質はともかく木が元気で立っていればいい、と考えることもできます。外見上問題がないから健康、間伐が行われていないから不健康、という単純な話ではなく、森林ごとに健康の中身を考えていく。それが、少なくとも病気で一斉に枯れたり、台風で大量に倒れたりしにくい、次世代に残せる森林につながっていくと考えています。

■8.もういちど、「価値ある森」へ。
里山林について言えば、やはり「伐って使う」ことが森林の健康を取り戻す効果的な方法だと思います。木を燃料として使うというと、すぐ「バイオエタノールに」というような話になりがちですが、エネルギーをたくさん使ってエタノールにしなくても、薪として燃やして使えばいいのです。
京都府長岡京市の西側に広がる「西山」では、西山森林整備推進協議会と独立行政法人森林総合研究所が共同で、山の木を伐って薪をつくり、市内の小学校や市の公園の建物、一般の家庭で薪ストーブの燃料にするというモニター研究をしています。
小学校では、図書室に置いた薪ストーブの周りに、子どもたちが喜んで集まってくるのだそうです。そのことを出発点に、ボランティアの方々が子どもたちといっしょに里山に行き、焚き付けの枝を全員がひとつずつ持って帰ってくる、というような環境教育も始まりました。自分たちの拾った枝で、同じ山から出た薪のストーブに火をつけて暖まる。そういう体験を通して、森林との付き合い方も学んでいけると思います。
里山林の木を伐り、薪にして売買するシステムができれば、通販で高い薪を買っていた薪ストーブユーザーは地元の資源を使えるようになりますし、森林の所有者にもいくらかの利益になります。さらに、ボイラーの燃料にすることができれば、農家のビニールハウスにも利用できる。重油・灯油の高騰に経営を左右されることも減らせるのではないでしょうか。
いま日本の森林は、ある意味で、これまで誰も見たことがない、経験したことがない状態になっています。何百年もかけて築いてきた里山林の伝承が途絶え、人工林の管理も難航する一方で、森林の将来の姿は見出せていない状況です。ナラ枯れは、そうした状況のひとつの表れだと思うのです。
日本の森林を、豊かな環境として、豊かな資源として、次世代に引き継いでいくために。私たちは岐路に立っていると思っています。目の前で枯れていく木にできる限りのことをしながら、同時に、次の時代の森林のありようについて考える時期がきているのだと思います。


[黒田 慶子]
1956年奈良県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。森林総合研究所を経て現職。専門分野は森林病理学、樹木解剖学。ナラ枯れなどの樹木萎凋病の発病メカニズムを研究すると同時に、里山や人工林の健康維持にも幅広く取り組む。
主な著書に『森林保護学』(共著、朝倉書店)、『樹木医学』(共著、朝倉書店)、『ナラ枯れと里山の健康』(編著、全国林業改良普及協会)など。