■第44号(2011.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

シカの食害と森林環境
─高知県・三嶺山系の変遷を通して─

高知大学名誉教授・
     三嶺の森をまもるみんなの会代表 依光 良三(談)



1.林床が砂漠に変わる。
2.防鹿柵の内側の「自然」。
3.林業にも深刻なダメージ。
4.なぜ、シカは増えたのか。
5.必要なのは、科学的・計画的な「管理」。
6.「資源」としてのシカの可能性。
7.多様な自然を引き継ぐための知恵と力を。



近年、野生動物による森林被害が増え続けています。中でも、深刻なダメージを与えるのが、シカによる食害。木の皮を剥ぎ、一帯の植生を食べつくし、短期間の間に山の姿を変えてしまうほどの被害を与えるのです。なぜ、被害が大きくなるのか。そして、なぜ、急激にシカが増えたのか。高知県・三嶺山系での事例をもとに、その原因と対策について考えてみます。

■1.林床が砂漠に変わる。
立ったまま枯れる木があり、むき出しの地面に見えるのは砂や石だけ。ところどころに水の流れた跡が痛々しく残る──。これは、高知県と徳島県の県境に広がる三嶺山系中腹の「さおりが原」の、2007年の様子です。ほんの数年前まで、ここがみずみずしい緑あふれる原生林だったとは、容易には想像できないでしょう。そして、このような光景が、三嶺山系の(そして、日本全国の)いたるところに現れているのです。
原因は、ニホンジカ(以下シカといいます)による食害です。シカは、特定の樹皮の他、草花やササなどの下層植生も、食べつくします。シカの口が届く範囲だけでも樹皮を失うと、樹木はなすすべもなく枯れてしまう。三嶺山系でも、特に稜線部は樹木の7割が被害にあっているほどであり、樹齢500年というような巨樹も例外ではありません。
樹木が枯れて下層植生もなくなると、それまで植物が根を張ることで保たれていた土壌は、雨が降るたびに流出します。最初に表層の腐葉土が流出し、やがて土壌そのものが崩れてしまう。奥山源流域の森林は今、まさに危機的状況に直面しているのです。

■2.防鹿柵の内側の「自然」。
三嶺山系は、多くの登山客を魅了してきた、とても美しい山々です。稜線部・尾根にはミヤマクマザサを中心とするオープンなササ原と、ダケカンバやウラジロモミなどの林。その下のブナ帯にも多様な樹種が繁り、林床にはスズタケや様々な草花がありました。人工林の多い高知県にあっては、数少ない自然の植生が残る貴重な場所でもあります。
その三嶺山系で異変が報告されはじめたのは、2000年ごろのこと。最初は、キレンゲショウマなどの希少種の花々の減少でした。2006〜2007年ごろには、深刻な被害が表面化します。稜線部の高木が著しいダメージを受け、低木の大半は枯死、ササも食べつくされた。それは、自然の景色を変え、生態系のバランスを崩すほどとなったのです。
2007年、それまで個々に活動していた市民団体や環境保全団体、研究者グループなどが連携し、「三嶺の森をまもるみんなの会(以下、「みんなの会」)」を立ち上げました。高知県で最も豊かな三嶺の森が傷ついている、それを放っておくわけにはいかなかったからです。被害状況を調査するとともに、一般市民にはたらきかけ、ボランティアを募って、防鹿柵の設置(今日までに35カ所)や樹木への防護ネット巻きなど、残された植生を守るための活動を始めました。
被害が出始めた当初は、シカの食害であることに否定的な研究者もいました。三嶺山系では、かつても、ササが一斉開花した影響で大規模なササ枯れが起こったことがあったからです。加えて高知県では、シカが増えているという認識がなかった。ほんの数十年前までは、狩猟などによってシカの数は減り、奥山で細々と生きているだけだったからです。
しかし、本当のことは山に入ればすぐわかります。藪の中には、シカの口が届く高さ2m以下の葉がすべて食べつくされてできる「ディアライン」が無数に走り、そこここにシカのフンがある。わずかに残っている緑は、シカが嫌いなバイケイソウだけです。
「みんなの会」では、2008年、2009年に、ササ被害の大きかった三嶺山域・カヤハゲ地区に5カ所の防鹿柵を設置しました。一定のスペースを柵で囲い、シカが入れないようにしたのです。柵の内側の植生は食べられずに残ったばかりでなく、姿を消していた植物も新たに芽吹きました。翻って柵の外側の食害は進み、今は、広い斜面に、防鹿柵の部分だけが緑のパッチワークのように残っています。

■3.林業にも深刻なダメージ。
こうしたシカによる食害は、林業にも深刻なダメージを与えます。シカの好物が多い自然林に比べれば被害の度合いは低いけれど、それでも、スギもヒノキも剥皮被害を受ける。1980年以前は全国で年間1万ha以下だった被害面積は、近年では4万ha程度にまで増加しているとされます(しかし、後述するように、この数字も全体を把握したものとは言えません)。
さらに問題なのは、伐採した跡です。せっかく植林しても、やわらかな苗木はあっという間に食べられてしまう。防鹿柵で囲ったり、苗の1本1本を保護する「ヘキサチューブ」をかぶせるなど、方法がないわけではありません。けれど、「植えれば赤字」と言われる厳しい林業の現状の中で、さらなる経済的負担をすることが現実的であるとは思えません。近年、日本の植林面積は年間3万ha前後で、これは1980年頃まで(年間30〜40万ha)の10分の1以下。植えても植えても食べられてしまうシカ食害のリスクは、林業にとって致命的ともいえるものです。
いきおい、伐採した跡に何も植えずに放置する植林放棄地も拡大します。雨の多い日本の山では、たとえ植林をしなくてもすぐに下層植物が繁り、やがて灌木が生え、しばらくすれば緑で覆われるはずです。ところが、シカは、新たに生えてくるそうした植物も食べつくしてしまう。伐採した跡地は、シカにとって格好の餌場なのです。木の根が枯れたまま何も生えない斜面では、雨が降れば深刻な土壌崩壊が起きてしまいます。

■4.なぜ、シカは増えたのか。
このようなシカの食害は全国で報告されており、それぞれが深刻な問題となっています。なぜ、急激に状況が変化したのでしょうか。
シカは1980年代になって増え始め、90年代、2000年代に急増したと考えられています。しかし、明治から昭和初期までは、人口増加にともなう集落の拡大や乱獲などが原因で激減していました。政府が保護政策を打ち出し、禁猟期を設けたり、子ジカやメスジカの捕獲を禁止する措置をとったほどです。
それが一転して増加に転じた原因については、それら保護政策をはじめ、「捕食者であるオオカミなど大型肉食獣の激減(絶滅)」から「地球温暖化による豪雪の減少(深い雪に閉じ込められると、エサ不足による餓死が起こる)」まで、様々な説があります。しかし私は、最も影響が大きかったのは、中山間地域での人の暮らしの変化(実情はコミュニティの崩壊)だったと考えています。
かつては奥地の集落にもコミュニティがあり、人と人とのつながりの中で山を利用しながら生活を営んでいました。林業の一方で自給のための農業も行われており、棚田がつくられ、焼畑も行われていた。農作物を守るための狩猟は日常的で、捕獲した動物は人々の貴重な蛋白源でもありました。
シカにとっては、オオカミが絶滅するずいぶん前から、人間が最強の捕食者になっていた。農山村での生活・生産形態の中で、バランスが保たれていたといえます。
しかし、近年、山村農林業は激しく衰退しました。木材価格の低迷にともなって山に入る林業者は減り、奥地集落は崩壊しました。たとえば、1930年ごろには約1万3000人が暮らしていた物部川上流の村の人口は、いま、2千数百人。高齢化率も50%を超えていて、実際に山に入って施業をする人は数十人です。それで何万ヘクタールもの森林があるのですから、とても手が回りません。捕食者としての人の力は失われ、野生動物の王国になってしまったのです(そのような状況の中では、林業への被害が正確に把握されていないことは想像にかたくありません。農業では被害金額までが算出されているのに、林業では実際にどこで被害が起こっているのか、といった実態さえ把握されていません。人が入らないから、わからないのです)。

■5.必要なのは、科学的・計画的な「管理」。
シカは、1年に1頭しか子どもを産まないため絶滅に追い込まれやすい一方、毎年出産できることから1年に20%ずつ増える。母数が大きくなれば激増します。しかし、森林資源には限りがあり、その中で生きていけるシカの数にも限界がある。それを超えたからこそ、林床の希少植物やスズタケを絶滅させてしまうような「食害」を生むのです。
シカの場合、自然環境と共存していけるのは、1haあたり3〜5頭といわれています。高知県の森林面積から換算すると9200頭程度ですが、2008年の生息数調査では約4万7000頭、昨年の調査ではさらに増えて十数万頭という数字が出ました。これは明らかに多すぎます。
食害によって樹木や植物が枯死し、それが土壌の崩壊を招くことは前述しました。さらに、流れ出した土砂は川に流れ込んで水を濁らせ、シカの糞尿は水そのものを汚染します。防護ネットや防鹿柵の設置などはいわば対処療法であり、奥地にある林地や、広大な自然林全体に行うことも現実的ではありません。結局は、シカを減らす(頭数管理)しか根本的な対策はない、というところまで、状況は逼迫しています。
政府も、野生動物による農林業被害、自然被害が広がったことを受けて、それまでの保護政策から「保護管理」への転換を図りました(「管理」の前に「保護」がついているのは、対象の動物を適正なレベルで維持するための環境整備をする、という意図があるからです)。1994年には、特例措置として、「保護管理計画」の策定県に限定してメスジカの捕獲が解禁され、1999年には「特定鳥獣保護管理計画制度」が創設されて、科学的・計画的に野生動物を保護管理するという方向を明確にしました。
ここで必要なのは、自然環境と野生動物、人間との関係を、科学的根拠や将来的なビジョンに基づいて調整することです。乱獲ではなく、保護一辺倒でもなく、適正な状態にマネジメントすることです。

■6.「資源」としてのシカの可能性。
では、人とシカ、自然環境とシカの関係は、どのようにマネジメントできるのでしょうか。
たとえば、ヨーロッパでは、シカ狩りは趣味として人気があり、シカ肉はジビエ料理としても定着していて、人々の生活に組み込まれています。狩りの際には、狩猟者たちが山の所有者に入山料を支払う制度になっていて、狩猟者・山の所有者・消費者のそれぞれが、利益や便益を得ながらシカの数を調整し、経済的にも、生態系全体としても、うまく循環できるような仕組みができ上がっています。
しかし、日本では土地所有が小規模かつあまりに複雑で、入山料のような制度をつくることは実質的に不可能です。シカ料理も、これまではあまり一般に出回ることがなく、上手に消費しているとはいえません。また、日本の狩猟者にとっては、シカよりイノシシのほうがよいという現実もあります。シカは体重の2割程度と食肉がとれる割合も低い。さらに、おいしく食べるためにはスピードが求められます。シカを奥山でしとめたとしても、それを食用にするにはいくつものハードルがあるのです。高知県でも、県内捕獲のシカ肉を利用した事業(シカ肉解体施設)に対して補助金を設けており、ソーセージにするなどの商品開発も試みられていますが、シカを有効な「資源」にするには、まだ時間がかかるというのが現状です。

■7.多様な自然を引き継ぐための知恵と力を。
野生動物を保護管理する(現状では「捕獲する」)、ということに対しては、様々な考え方があります。自然のことは自然の成り行きにまかせておけばいい、という意見もあるでしょう。たしかに、ある程度の被害であれば、自然の回復力で元に戻ることも可能です。
けれど、樹齢数百年という樹木があっという間に枯れてしまい、この地域にしか生息しない植物が食べつくされる現状は、そのレベルをはるかに上回っています。防鹿柵で囲ったとしても、すでに失われた種は回復のしようがありません。先に述べたカヤハゲ地区の「パッチワーク」も、かろうじて残った種を緊急避難的に保存するシードバンク(種の銀行)でしかないのです。
いま、シカ食害がひどい地域で進んでいるのは「不嗜好遷移」──シカの嫌いな植物だけが残っていく遷移です。一見、砂漠化は免れており、土壌の流出には至らないかもしれない。しかし、生態系という観点から見れば、大きな問題があります。たとえば、シカ食害が最も早い時期から問題になった神奈川県・丹沢では、チョウはアサギマダラしかいないといいます。毒を持った花の蜜を食べ、自身も毒を持つ、そんなチョウしか残っていないのです。もともと多様にあった植物が失われると、昆虫が減り、それを食べる鳥や小動物も減る。シカが植生(林床植物)を食べつくせば、カモシカやウサギのエサもなくなる。生態系の循環そのものが、いびつになってしまうのです。
自然の多様性や美しさは、いったん失われてしまうと、それを評価する価値基準までが失われてしまう。今の子どもたちは、下層植物が食べつくされた林床を見て、「走り回れて楽しい」と思うかもしれない。損なわれた自然をあたり前のものとして受け止めてしまいます。そうならないように、本来の自然を価値基準として、次世代に引き継ぎたいと思うのです。
すさまじいスピードで広がるシカ食害に対して、必要なのは、計画的・包括的な対策です。私たち「みんなの会」も積極的に活動していますが、市民ボランティアの手だけではとても足りません。また、先に述べたように、採算のとれない林業が自ら対策を講じるのは負担が重過ぎます。そこには、行政の力が不可欠なのです。
幸い、「みんなの会」の活動がマスメディアに取り上げられたこともあり、シカ食害への認識はずいぶん高まりましたし、県の対策予算も増え、自然林地帯での「管理捕獲」も始まっています。けれど、危機的状況であることに変わりはありません。人と森林とシカの関係が適正なバランスを取り戻すために、行政と地域住民の連携による早急な対策が必要です。


[依光 良三]
1942年高知県生まれ。京都大学大学院農学研究科修了。(財)林政総合調査研究所研究員、高知大学教授を経て、現職。三嶺の森をまもるみんなの会代表。
著書に『日本の森林・緑資源』(東洋経済新報社)『森と環境の世紀』(日本経済評論社)、編著書に『格差時代の森林・林業と環境』(日本林業調査会)『森の物語』(高知新聞社)、共著書に『シカと日本の森林』(築地書館)『知床からの出発─伐採問題の教訓をどう生かすか』(共同文化社)『緑のダム』(築地書館)など多数