■第39号(2009.4発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

「スーパー樹木」が描く未来像
―遺伝子組換え技術は何を変えるのか。

独立行政法人 森林総合研究所
             生物工学研究領域長 篠原健司(談)



1.荒れた土地に、緑を。
2.現在のテーマは、環境貢献。
3.研究は、数万種類の遺伝子を読み解くことから。
4.たとえば、早く成長し、空気を浄化する樹木。
5.「商業植林の事例なし」の実態。
6.「遺伝子組換え反対」の高い壁。
7.「遺伝子組換え」は本当に危険か。
8.遺伝子組換え技術のこれから



「遺伝子組換え」――ダイズやトウモロコシなど、農作物の分野ではしばしば耳にするこのバイオテクノロジーの研究が、樹木の世界でも進んでいます。様々な環境問題が表面化し、人間と自然との関係が問い直される時代に遺伝子組換えという新しい技術の力が何をもたらすのか、50年先、100年先の未来を見据えるとき、地球環境にどのような影響を与えうるのか考えてみます。

■1.荒れた土地に、緑を。
たとえば、オーストラリア南西部に広がる赤茶けた乾燥地帯。ユーラシア大陸内陸部で拡大化する砂漠――。地球温暖化にともなう急速な環境の変化は、世界各地で深刻な問題を引き起こしています。
単に乾燥が進んでいるだけでなく、地中の塩分が表層に現れる塩害が起こっている土地もあります。肥料過多や酸性雨などが原因で、土壌が酸性化している場所もあります。様々な要因で植物の生育が阻害されている乾燥・半乾燥地や疲弊農地などの荒漠地は、実に陸地の約30%にも達しているのです。世界的な人口増加にともなうエネルギーや食料の消費増大も、環境変化のスピードに拍車をかけています。
こうして増え続ける荒漠地に、もう一度、緑がよみがえるかもしれない。――そんな可能性を追求しているのが、遺伝子組換えによって特定の性質を高めた「遺伝子組換え樹木」――期待をこめてつけられた名前は「スーパー樹木」――です。

■2.現在のテーマは、環境貢献。
遺伝子組換え樹木の研究が始まったのは、1980年代のこと。1980年代の後半には、ベルギーで世界初の野外栽培試験が開始されました。
当初は、病虫害や除草剤への耐性を高めることなどを含めた性質を持たせる研究が進められていましたが、2003年の「国連気候変動枠組条約締結国第9回会合(COP9)」を機に、環境へと大きくシフトします。遺伝子組換え樹木の植林が「地球温暖化軽減に貢献する場合において」という条件付きで合意されたためです。
現在は、@乾燥や塩害など、様々な環境ストレスに対する耐性を持つもの(高ストレス耐性)、A木材や燃料など、バイオマス(生物資源)がより多くとれるもの(高バイオマス生産性)、B花をつけない、または花粉や種子を作れないもの(不稔性)などの性質を持たせることが中心的なテーマになっています。
冒頭に登場した「スーパー樹木」という名称は、2007年、当時の日本政府の方針の中で生まれました。定義については様々な意見がありますが、私自身は、@からBのうち2つ以上の性質を持つもの(特に、Bの不稔性は不可欠です。詳しくは後述します)が「スーパー樹木」だと考えています。

■3.研究は、数万種類の遺伝子を読み解くことから。
遺伝子組換えとは、遺伝子の一部を取り出して、その構成要素の並び方を変えてもとの生物の遺伝子に戻したり、別の種類の生物の遺伝子に組み入れたりすることです。それによって、生物の性質を変えたり、新しい性質を付与したりすることができます。
たとえば、除草剤の成分を分解する性質を持つ細菌からその性質を発現させる遺伝子を取り出し、その遺伝子を植物細胞へ導入すれば、除草剤に対して強い作物を作り出すことができます。 同一種や近縁種どうしだけでなく、種の壁を越えて性質を付与できることが、これまでの交雑育種などとの大きな違いです。
農作物の分野では、1994年、アメリカで「日持ちのよいトマト」がつくられたのを皮切りに、「除草剤に強いダイズ」「害虫に強いトウモロコシ」など、省エネ・省コストで生産性を高める方法として次々に新しい遺伝子組換え作物が商品化されてきました。
遺伝子組換えを行うためには、まず、対象となる生物がどのような遺伝子で構成されているか、そして、どの遺伝子がどういう機能を左右しているか、という情報を把握し、解析しなければなりません。ひとつの個体に含まれる遺伝子の種類は、比較的少ないといわれているシロイヌナズナ(アブラナ科の1年草)で約2万7千種類、イネで約3万2千種類、ポプラでは約5万種類と推定されており、その中から目的に合う遺伝子を特定する作業には、長い時間と労力が必要になります。
特に、樹木は遺伝子の種類が膨大で、成長にもより長い時間を要することから、農作物などに比べてより多くの労力と時間を必要とします。日本では、森林総合研究所などの研究機関や大学、製紙会社などが中心となって研究を進めており、ポプラでは約40%の遺伝子情報を集めることに成功していますし、乾燥耐性ユーカリや酸性土壌耐性ユーカリ、耐塩性ユーカリなどは、実用化に向けた検討段階にさしかかっています。

■4.たとえば、早く成長し、空気を浄化する樹木。
森林総合研究所で行っている研究のひとつに、エチレン合成を制御することによって生まれた「オゾン耐性ポプラ」があります。
エチレンは果実が成熟する過程で作られる植物ホルモンの一種で、一般に「老化ホルモン」などといわれているもの。このエチレンの合成を抑制することで、成長を早めることに成功しています。成長が早いということは、それだけ多くのCOを吸収できることであり、樹木のバイオマス生産性を高めることにもつながります。
このエチレンは、植物がオゾンを感知するときの媒介でもあるため、オゾンに対する反応も制御できることがわかってきました。
オゾンは、はるか上空の成層圏にあるときには、紫外線量を緩和する、地球の生物にとって有用な存在ですが、地上に近い対流圏では光化学反応を引き起こしてスモッグの原因となり、赤外線を吸収して温室効果をもたらす存在。濃度が高くなれば生命も脅かします。各国で規制が行われていますが、対流圏での濃度は高まっており、環境問題のひとつになっているのです。
このポプラのエチレン合成を抑制し、オゾンに対する耐性を高めれば「オゾン濃度が高くなっても生育できる」樹木が、耐性を低下させれば「オゾン濃度のセンサーとして働く」樹木が生まれる。樹木が吸収したオゾンは、樹木の中で分解されますから、オゾン濃度の制御にも貢献します。

■5.「商業植林の事例なし」の実態。
こうして着実に研究は進んでいるのですが、実は、商業植林(いわゆる実用化です)の事例は世界中で1例もありません。最も研究が進んでいるアメリカでさえもです。
実用化に至るには、研究室での栽培、特定網室と呼ばれる実験室での栽培、野外の実験圃場での栽培というように、定められたプロセスが必要です。樹木は成長に長い時間を要するため、必然的に実用化までの時間が長くなるという背景はあります。
しかし、日本では、野外の隔離圃場での栽培実験でも、未だ3例しか実施されていません。これは、アメリカでの実験事例が100例を超えているのと比較して、大変な差です。
壁となっているのは、根強い反対意見です。

■6.「遺伝子組換え反対」の高い壁。
日本には、「遺伝子を操作する」ということに対して漠然とした不安を抱いている人が数多くいます。そのことは、実用化が進んでいる農作物の分野を見てもよくわかります。
遺伝子組換え作物は、最初の商品化以来、品種、量ともに増え続けています。2007年現在、ダイズの全世界の作付け面積の60%以上が遺伝子組換え品種であるという統計もあります(※ISAAA[国際アグリバイオ事業団]統計より)。しかし、日本では(輸入は行われているものの)国内での商業栽培は行われていません(最近伝えられた話では、サントリーは「青いバラ」の国内栽培を始めるということですが)。
背景には、かつて遺伝子組換えに強く反対していたヨーロッパの影響があると考えています。
遺伝子組換え技術の先進国だったアメリカは、1990年代後半から、様々な遺伝子組換え作物の種子をヨーロッパに輸出しようとしました。それに対しEU諸国は、「アンチ遺伝子組換え」の一大キャンペーンを行い、1998年には、健康への悪影響を懸念する消費者や農民の要望に応えるとして、遺伝子組換え食品に対する輸入凍結措置を導入しました。しかし、実はこれは、自国の農業を保護するための方策だったことが後にわかります。2004年には5年半ぶりに遺伝子組換え作物の栽培を解禁、現在では、表示やトレーサビリティ(追跡可能性)の義務など一定の安全基準を満たすことを条件に、遺伝子組換え作物を受け入れています。
日本では、この「アンチ遺伝子組換え」の主張が大々的に報道され、農業保護の背景や、その後の状況の変化についてはあまり伝えられませんでした。根強い不安感と反対意見だけが残り、その状況が今も続いているのです。

■7.「遺伝子組換え」は本当に危険か。
口にするものに対して、できるだけ高い安全性を求めるのは当然のことです。また、遺伝子を直接操作することが神の領域を侵すようだと、畏れのような気持ちを抱くことも、自然のことかもしれません。
ただ、正しい情報が不足していることで生まれている不安感があるとすれば、きちんと説明することで解消しなければなりません。
まず、安全性に対する担保です。
遺伝子組換え生物に関しては、その取り扱いや国境を越えた移動などについて、国際的な枠組みが定められています。2000年に締結された「カルタヘナ議定書(バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書)」です。「生物の多様性の保全」や「持続可能な利用」に対する悪影響を防止することを目的とし、153の国々と欧州共同体が締結しています(2009年1月13日現在)。日本では、この議定書にのっとって「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」を制定し、具体的な基準を定めています。
たとえば、野外の隔離圃場はフェンスで囲い、フェンスの下の地中には鉄板やコンクリートを埋めます。外部からの動物の侵入を防ぎ、研究中の遺伝子組換え植物が周囲の生態系に影響を与えないようにするためです。前述したように、「花を咲かせない」「花粉をつけない」「実を結ばない」といった「不稔性」を与えることが重要だというのも、在来の近縁種との交配などによって組換えた遺伝子が生態系に拡散しないようにする目的があるからなのです。
さらに、日本人の生活の中にも、遺伝子組換え技術は深く根を下ろしているという事実もあります。健康によいとされ市販されている菜種油の原料には遺伝子を組換えたものが含まれています。日本でも認可されているB型肝炎のワクチンにも遺伝子組換え技術が応用されていて、そのことが、低コストに安定したワクチン生産を可能にしているのです。

■8.遺伝子組換え技術のこれから
寒さに耐えられるイネ、糖度の高い野菜や果物など、これまでも人間は、品種改良を通して人間にとって有用な性質をもった植物や動物をつくってきました。何世代にもわたる交配を繰り返しながら特定の性質を伸ばす作業も、人間の手で遺伝子を淘汰していることにほかなりません。放射線照射などによる品種改良になれば、なおさらです。遺伝子組換えは、そうした品種改良に費やす時間を短縮しているにすぎないと、考えられないでしょうか。
様々な努力をしても、未来に向けて環境が良くなっていくとは考えにくい時代です。その時、厳しい環境の中でも生育できる樹木を開発しておくことは、決して悪いことではないと思うのです。より多くのCOを吸収したり、より多くのエネルギーを創り出すことも、さらに重要な役割になるでしょう。
日本は食糧をはじめ、たくさんの資源を輸入に頼っています。新たに得られた技術を使って海外の荒れた土地に木を育てることが、日本が恩恵を受けている国々の、ひいては地球全体の環境に貢献することにつながると思うのです。
私たち研究者にとっての課題はたくさんあります。
目的の機能を持たせるのに、その樹木の中で最適な遺伝子を見つけ出す努力を続けていかなければなりません。また、複数の機能を持たせた、真の「スーパー樹木」の開発に向けた研究も必要です。林業とのかかわりで言えば、バイオマス生産を増やす研究も可能でしょう。また、大きな問題になっている松枯れ対策なども、スピードと確かな効果が求められるという意味で、遺伝子組換えが力を発揮できる分野だと思います。
そして、そうした遺伝子組換えの技術をよりよく活かすためには、国民的なコンセンサスを得ることが大切です。研究する側から、正しい情報を発信し、よりよく理解されるよう努力することも大きな課題だと考えています。


[篠原健司]
1953年東京都生まれ。理学博士。早稲田大学大学院理工学研究科修了後、早稲田大学、イリノイ大学、名古屋大学を経て、森林総合研究所へ。専門は植物生理学・生化学、分子生物学。研究分野は、樹木の遺伝子研究やゲノム研究による樹木の生命現象の解明、地球温暖化や花粉症の対策への貢献。
主な著書に『バイオプロセスハンドブック』(分担執筆、エヌ・ティー・エス、2007)、『Somatic Embryogenesis』(分担執筆、Springer-Verlag、2006)、『Handbook of New Technologies for Genetic Improvement of Legumes』(分担執筆、CRC Press、2008)など。