■第36号(2007.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

「LCA」の可能性をさぐる。
森林資源の転換点のコミュニケーション。

京都大学フィールド科学教育研究センター 准教授 芝 正己(談)


1.それは、環境負荷を見極める指標。
2.モノの「一生」を通して考える。
3.木がどう環境にいいのか。それを証明する手段として。
4.変わる木材の世界地図。
5.先行する森林認証の歩み。
6.まだまだ「あいまい」。でも、有効なツール。
7.未来のために、「スローな林業」へ。



地球温暖化が目に見える影響をもたらしつつある昨今、「環境負荷の低減」は、全世界的な共通の課題となっています。林業の分野でも、施業の内容を環境の視点から据えなおす動きが活発化してきました。日本でも広がりつつある森林認証取得の動きに加え、いま注目されているのが、「ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment、以下LCA)」という指標です。森林・林業の将来像とLCAの可能性について考えてみたいと思います。

■1.それは、環境負荷を見極める指標。
世界各地で観測される異常気象。映像でまざまざと見せ付けられる、砂漠化の進行や南極の氷河の崩壊――。「地球温暖化」や「資源の枯渇」は、いまや、ごく身近につきつけられた問題になってきました。多くの産業分野で省資源・省エネルギーが大きな課題となり、「いかに環境負荷が少ないか」ということは、消費者が商品やサービスを選ぶときの基準にもなっています。
しかし、どの製品が「環境負荷が少ないのか」を見分けることは非常に難しい。もちろん外見だけでは判断できませんし、原料に何を使ったかということを単純に比較するだけでも正確ではない。それを、できるだけ正しく評価するために生まれた指標のひとつが、「LCA]です。

■2.モノの「一生」を通して考える。
LCAとは、あるモノがつくられてから処分されるまで、どのくらいのエネルギーや原料を使い、どのくらいの廃棄物を排出したかを産出して、それを評価するという手法です。例えば冷蔵庫なら、原材料の金属やプラスティックなどの採取・製造から、工場のラインでの製造、最終的に処分されるとにき出る廃棄物まで、すべての過程(=ライフサイクル、つまり、そのモノの「一生」全体)が対象です。もちろん、家庭や商店などで使われている間に消費するエネルギーも含まれます。
この考え方は、1960年代の終わりに、アメリカの飲料メーカーが、「使い捨て瓶」と「リターナル瓶」の環境負荷を比較調査したことが原型だといわれています。その後、アメリカ・ヨーロッパで発展し、1997年にはISO(国際標準化機構)に、ISO14040として規定されました。ライフサイクル――モノの「一生」――を通して考えることは、なぜ必要なのでしょう。
たとえば、電力消費量の小さい冷蔵庫を新しく開発したとします。製品を使用する段階のエネルギー消費量が減ることで、環境負荷も小さくなったように見えます。しかし、もし製造段階で消費するエネルギーが増えていて、それが削減分を超えていたら、トータルでは環境負荷が増えてしまう。より正確な環境負荷を判断するには、ライフサイクル全体うを分析する必要があるのです。

■3.木がどう環境にいいのか。それを証明する手段として。
このようにして、LCAは、まず工業分野から広がりました。「環境負荷の低減」=「企業責任」という認識が定着したこと、また、効率的にエネルギー消費量を減らすことで、コストダウンにつながるという側面も、普及の原動力だったでしょう。
森林・林業の場合はどうでしょうか。
そもそも木材は「環境に優しい」材料とみなされてきました。鉄やコンクリートでつくった建物と、木造の建物をくらべれば、ほとんどの人は、皮膚感覚として「木造の建物のほうが環境に優しい」と思うでしょう。けれど、実際に「どの程度環境に優しい」のか、数値として説明することはできていませんでした。また、林業の施業方法によって同じ「木材」でも環境負荷の大きさが違う、ということを、目に見えるカタチで表す必要もあります。
環境負荷の少ない施業で産出された木材が、どのように環境に優しいのか。そのことを科学的に位置づけ、共通の基準で評価する――木材のLCAは、そのための指標として注目されているのです。

■4.変わる木材の世界地図。
その背景には、森林資源が世界的な危機に直面している、とういう現実があります。この10年あまりの間に、森林資源の消費の有様には大きな変化が起こっています。中国をはじめ急成長をとげている国々の木材消費が飛躍的に伸び、それにともなって、大量の森林が伐採されているのです。中でも、中国の動きには目覚しいものがあります。増え続ける国内の木材消費をまかなうために、揚子江沿岸の森林を次々に伐採し、それが1998年の大洪水を引き起こしたと報告されると、今度は伐採を全面禁止、代わりに海外からの輸入を伸ばしたのです。その量は日本を越え、世界第2位に(数年前からは、日本から中国への木材輸出も始まりました)。特にロシアからの輸入が約50%を占めており、そのことがシベリアの森林の違法伐採につながったとも言われています。
世界の木材消費は現在も毎年1%ずつ増加しており、森林面積は減少を続けています。一方、日本国内に目を向ければ、戦後造林されたスギやヒノキの人工林が成長し、67%といわれる森林率がありながら、それを適正に使うことができずにいます。木が使われないことで、山林が荒れるという大きな問題も抱えています。
限りある森林資源を使い尽くしてしまわないために、どうコントロールするか。できるだけ環境に負担をかけない方法で、上手に森林を利用するには、どうすればいいのか。いま求められているのは、国際的なルールであり、共通の基準によるコミュニケーションです。

■5.先行する森林認証の歩み。
林業の施業の環境負荷をできるだけ低減すること、そうして育てられた木材を「環境に優しい木材」として特定し、利用することで、環境への影響をコントロールすること。このような目的で作られたのが、「森林認証」です。
「森林認証」は、おおまかに言えば、豊かな森を維持しつつ施業(持続可能な施業)に対して一定の「お墨付き」を与えるものです。
認証を取得するためには、植林や伐採、枝打ちや下刈り・・・といったプロセスのすべてで環境負荷の大きさをチェックすることが義務付けられます。環境への影響がより少ない森林経営を後押しすると同時に、認証を受けた森林から産出される木材にラベルを貼るなどし、消費者にも「環境負荷の少ない木材」への認識を高めてもらおう、というシステムです。2000年に日本初の認証が取得されて以来、大きな広がりを見せており、日本では2006年現在、53箇所・53.3万ヘクタールの森林が認証を取得(FSC、SGEC合計)。林業分野でも、環境や資源の枯渇に対する危機感が高まってきたことが感じられます。
しかし、認証をとった木材がその価値を認められ、豊富に流通しているかというと、残念ながらそうではありません。日本ではまだ、認証材だからということで特別な需要がある、というわけではないのです。家1軒あたりに使用する木材が材料の1割程度と少ないこともあるでしょう。認証材は、非認証材と厳密に区分して流通させる必要があるため、従来のルートに乗りにくいという問題もあります(その意味では、加工・流通のすべての過程で、認証材を非認証材と区別して取扱うことに対して与えられる認証<CoC認証=Chain of Custody認証。Custodyとは、「管理」。つまり、「管理の連鎖」の意味>の普及も、とても重要なことだと思っています)。
森林認証の先進国・イギリスでは、認証材のバイヤーズグループが形成され、消費者のほうからも運動が盛り上がっていきました。しかし日本では、なかなかそうした動きにはなっていないのが現状です。
けれど、税制面での優遇制度のような、具体的にはメリットを感じられる制度を整えれば、市場が喚起される可能性は十分にあると思っています。たとえば、家を建てるにあたって認証材を使っていたら、その割合に応じて税金が軽減される――そうなれば、消費者の側もより大きな興味を持つのではないでしょうか。
ただ、森林認証の意味は、そうした現実的なメリット以前にも存在します。生産者から消費者までが同じ「ものさし」で木材のよしあしを考えられること――コミュニケーションできるようになること――が、とても重要だからです。林業に従事する人や専門家だけが考えるのではなく、一般の人たちも、木の育て方によって環境への影響が変わることを知ったり、ムダをなくして大切に使おうとする動機を得たりすることは、とても意味のあることです。
そして、まだまだ発展途上ではありますが、LCAにも同じようなことがいえると思うのです。

■6.まだまだ「あいまい」。でも、有効なツール。
前途したように、LCAは、生産や使用、廃棄などの各段階で、インプット(投入する原料やエネルギー)とアウトプット(排出する物質など)を規定し、環境負荷と環境への影響を評価します。
林業・林産業の中でも、家1軒を建築するのに「消費するエネルギー量」や「CO排出量」を算出する仕組みはできつつあります。その数値を使って、木造で建てた場合と鉄筋コンクリート造にした場合の環境負荷を比較する、ということも可能になってきました。
ただ、工業分野では比較的容易にできる計算が、森林を現場とする林業では非常に難しいものになるのです。
たとえば、森林で働く人の呼吸で排出されるCOは計算に入れるのか。森林に機械を入れることによる「土壌の締め固め」や「燃料の飛散」をどう評価するのか。山を流れる川や地下水への影響は――。どんな要素を「インプット」「アウトプット」と規定するのか、ということにも、まだ共通の基準はできていません。それが「環境にどのような影響を与えたか」という、「評価」の部分は、なおさらです。
1本の立ち木のライフサイクルを考えても、複雑です。
まず角材や板材など建材用材として利用され、残りの部分が集成材やパーティクルボードに加工され、さらに残りがバイオ燃料やパルプの原料に・・・と、いわゆるカスケード(段階的)利用ができるために、木材の利用分野はどんどん分散していく。そうした特性をどうとらえるか、ということにも、まだ共通の基準が確立しているわけではありません。実際に、データの取り方や収集の範囲などによって、同じ製品でも全く違う結果が出ることがあります(この点についてはISOの規格の中でも明記されています)。
けれど、LCAの考え方が普及することで、具体的なメリットも予測できます。
LCAでは、「投入する原材料やエネルギーが少ないほど環境負荷も少なくなる」「廃棄する部分が少ないほど環境負荷は少なくなる」というのが基本的な考え方です。つまり、「ひとつのモノを繰り返し、長く使う」ことは、「新たにモノをつくるための原料やエネルギーを使わないこと」であり、モノが新しく生まれない分、廃棄物も減る、というプラスの評価になるのです。これをあてはめることで、建築用材を木材のまま再利用したり、廃材をパルプ材料やバイオマス燃料にリサイクルしたり――山から切り出した木材を、「できるだけ繰り返し、長く使う」という動きへの足がかりにもなるでしょう。

■7.未来のために、「スローな林業」へ。
廃棄する部分を少なくしたり、ひとつのものを可能な限り長く使うことを「プラス」に評価するLCAの考え方。実はそれは、私たち日本人が慣れ親しんだ考え方――限りある資源をできるだけ大切に、長く使うこと、ケニアの環境保護活動家の発言で注目を集めた「もったいない」の精神なのではないかと思うのです。
近年、国は、森林の機能をよりよく発揮させるための施策として、長伐期施業への方向転換を打ち出してきました。それは、密植をやめ、除伐などの工程もなくして、より粗放な方法へと向かうことを意味します。1本の木の寿命が延びることは、LCAに照らせば、廃棄までの時間がそれだけ長くなり、環境負荷は小さくなると考えることができます。長い時間をかけて育った木を大切に使う、「もったいない」の考え方にもつながるかもしれません。
もちろん、伐期を長くすることで、生産者の負担が大きくなる可能性があります。育てた木を出荷するまでの期間が長くなると同時に、経済の状況や市場が変化する可能性も高まるからです。戦後植林した日本のスギ林も、在来工法の木造住宅の柱材を想定していましたが、現代の市場ニーズは大きく変化してしまいました。
ただ、その60年の間には、スギを集成材に加工する技術や、小径木を利用する技術、多少の曲がりなどは修正する技術なども開発されました。変化したニーズを、技術面で補うこともできるのです。さらに、粗放な施業にすることで生産コストが下がり、世界的な価格基準の中での取引も可能になるかもしれません。
スイスでは、樹種も樹齢も、できるだけ様々な木を混ぜて森林をつくる方法を推進しています。ドイツでも、トウヒの一斉林から針広混交林をつくろうとしていて、群状に広葉樹を入れるのか、単木的に入れるのかなど、様々な方法を模索しています。スウェーデンでは、原発の代替事業としてバイオマス発電を推進しているため、木材生産の効率を下げても、枝葉の部分をバイオ燃料として利用する工夫をしています。どこの国も、試行錯誤しています。けれど、環境負荷の少ない、持続可能な方法を探しているという点は、共通しているでしょう。
限りある森林資源を、私たちの時代に使い尽くしてしまうことがないように。できるだけ豊かな状態で将来に引き継いでいけるように。私たちは、いま、その転換点にいます。ファーストフードからスローフードへ、という流れがあるように、林業も、よりスローな方法へと移行する時期にきているのではないでしょうか。その時、LCAのような指標が、誰もが理解できる共通の「ものさし」として生産者と消費者をつないでいく――その可能性に期待したいと思っています。

□ISO
ISO(International Organization for Standardization、国際標準化機構)は、世界の自由貿易を確保するための国際規格の制定・普及を目的とする世界的な組織。フィルム感度やネジのサイズといった技術的な規格策定から、製品づくりのシステムに関する規格策定へと活動の分野を広げた。品質マネジメントシステム「ISO9000シリーズ」、環境マネジメントシステム「ISO14000シリーズ」は、日本でも多くの企業が認証を取得している。
LCAについての規格は、1997年、環境マネジメントシステムの一環である「ISO14040」として発行された。

□FSC,SGEC
森林認証制度は、森林が環境的に適切に管理されているかどうかを第三者機関が審査し、認証するものだが、FSC(Forest Stewardship Council、森林管理協議会)は、国際的な第三者機関の草分け。認証を取得している森林は世界77ヵ国にのぼる。
一方、日本国内の第三者機関がSGEC(Sustainable Green Ecosystem Council、「緑の循環」認証会議、エスジェック)。2003年に国内版の認証をスタートしたが、認証取得に英訳作業がともなわないこと、費用が比較的安いことなどから、急速な広がりを見せている。

□CoC認証
CoC(Chain of Custody、管理の連鎖)認証とは、適切な森林管理を認証した森林からつくられた製品と、それ以外の森林からつくられた製品が、流通過程のいかなる時点でも混ざり合っていないことを管理・保証するもの。認証された製品には、認証機関のロゴマークがつけられる。木材製品や紙製品などの出所にも関心を寄せる消費者のニーズに応えるとともに、森林認証を受けた森林からの製品を普及させる目的もある。


[芝 正己]
1954年鹿児島県生まれ。宮崎大学卒業、京都大学大学院修士課程修了。農学博士。京都大学および宮崎大学助手、ミュンヘン大学AvH特別研究員(1987年-1989年)、三重大学助教授を経て現職。スイス連邦工科大学ETH非常勤講師(2001年-2002年)。2003年より京都大学芦生研究林長。森林認証制度研究会代表幹事、NPO法人日本森林管理協議会理事などを兼任。専門は、森林利用学、森林管理・情報学。
主な著書・邦訳に、「A Richer Forest:”豊かな森へ」(共訳、ことぶち出版会)、「ビオトープ:その誕生から環境整備計画論」(信山社サイテック、共著)、「森林と木材を活かす大辞典」(産業調査会 辞典出版センター、共著)など。