■第32号(2005.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

森林・林業教育の未来を探る。
―林業高校の可能性

筑波大学附属坂戸高等学校 教諭 石井克佳(談)


1.初めて山を体験する生徒たち。
2.「林業高校」の歩んできた道。
3.専門家教育と、環境教育との間で。
4.バイオマスエネルギーと、森林・林業教育。
5.森林・林業の意味を実感すること。
6.森林・林業教育を、地域へ、広い世代へ。



環境資源として、またCOの吸収源としても、森林は今、大きな注目を集めています。しかし、日本の森林と、森林を守り育てる人々に、十分なスポットがあたっているとは言えません。これからの森林のプロフェッショナルはどう育つのか。次の世代の日本人は、森林とどのような関係を結ぶのか。高等学校での森林・林業教育と通して、日本人と森林の未来像を探ってみました。

■1.初めて山を体験する生徒たち。
山を歩き、様々な植物を観察する。立ち木の高さや太さを測り、手ノコを使って伐採する―私が勤める筑波大学附属坂戸高校の、1年生の演習林実習の様子です。教室では、森林の生態も、様々な作業の意味や手順も、用具や機械の使い方も、前もってしっかり学んできています。けれど、実際に山に入って自分たちの手で触れ、足で歩いて感じる時、それまで知らなかったリアルな森林が見えてきます。木が生えている斜面の角度のきつさ、林道からはずれた林の下草を分けて歩く大変さ・・・そういったことのひとつひとつが、ほとんどの生徒たちにとって初めての経験。そこにはたくさんの発見があるらしく、その表情は実に生き生きとしています。

■2.「林業高校」の歩んできた道。
森林・林業教育とは、「森林自体あるいは森林を構成する諸要素、さらには森林に関係する事象について認識を深める教育活動」と定義づけられており、主に「林業に関する教育」と「人間と森林の関係性に関する教育」に分類されます。
高等学校の中で、この森林・林業教育を中心とした教育を行うのが「林業高校」です。「林業高校」に分類される高校は、現在、全国で76校(2003年現在)あり、林業に関する学科のみを設置した高校と、農業高校などのひとつの学科として「林業科」「農林科」「森林科学科」などを設置している高校とがあります。多くの高校は、実習を重視したカリキュラムを組んで森林・林業にかかわる知識や技術を学んでいます(ちなみに、現在私が勤めている坂戸高校は普通科と職業学科を統合した「総合学科高校」で、林業に関する科目は「農業科」のカリキュラムの中で行われており、従来の林業高校とはカリキュラムの面で少し異なります。)
林業高校での教育目的は、長い間、地域の林業従事者を育てることでした。演習林での実習を通して、育林や林業経営、林業土木に関する技術を教育してきたのです。卒業後の進路をみても、昭和36(1961)年のデータでは、約半数が林業にかかわる職業に就いています。
林業高校に進学してくる生徒といっても、林業科の後継ぎが多いわけではありません。専業で林業を営む大規模経営は少数で、大部分は兼業の中小規模経営から成り立っているという日本の山林所有の状況が示すとおり、むしろ公務員の林業職・土木職や林業関連企業への就職が大きな割合を占めていました。
その状況が変わり始めたのは、昭和50(1975)年ごろです。
国内林業の不振や関連産業も含めた林業全体の縮小傾向と歩みを共にするように、林業関係への就職が減り、一般企業への就職者や大学進学者が増加。平成12(2000)年の調査では、林業とそれに関連する仕事についた生徒は20%を下回っています。

■3.専門教育と、環境教育との間で。
こうした変化については、平成3年(1991年)の中央教育審議会の答申でも言及されており、林業高校をはじめとする職業学科に「進学希望者への対応」と「社会の変化や国際化・情報化への対応」が求められている、としています。
しかし、実際に林業高校における学習指導要領を見てみると、「育林」「林業経営」「林業土木」「林産加工」は、間に2度の改訂をはさみながら、昭和57年(1982)年から平成6(1994)年までの12年間、林業の主要な科目でした。平成6(1994)年の改定を経て、情報処理やバイオテクノロジーなど、社会の変化に対応する科目も組み込まれるようになりましたが、国内の林業が低迷し、林業関連の就職が減少を続ける中、林業高校では依然として、林業従事者に必要な基礎的・基本的な知識や技術の習得を目指し、実習を重視した教育内容を整えてきたということがわかります。
職業人になるための専門的な知識や技術を教育しているにもかかわらず、それが生徒たちの進路の中で十分に活かしきれない。多くの林業高校にとって苦しい状況が続いてきました。
その中で、注目すべき点があります。
林業高校の教育内容には、環境教育の要素が実に多く含まれているということです。独立したかたちで「環境科学基礎」という科目が設定されたのは平成6(1994)年の改定以降ですが、それまでも、現在の環境教育の中心である「熱帯林の減少」「砂漠化」「地球温暖化」などの諸問題は様々な授業を通して教えていました。また、広大な演習林も有効な環境教育の場です。しかし、いかんせん、林業高校に進学してくる生徒の数は全体から見ればごく少数です。環境問題への関心が高まり、環境教育の重要性が言われる今日にあっても、林業高校に教育のノウハウや知識の蓄積があることが社会に広く認められているとは言いがたい状況です。
せっかくの専門的な技術や知識の蓄積が、卒業後の進路に活かしきれないこと。また、有効な環境教育を行っているにもかかわらず、人々の関心を集めて学科数や学校数の増加につなげていく程の高まりも見えてこないこと。それらは、林業高校が抱える課題であると同時に、日本人と森林の間に横たわる問題でもあると思います。

■4.バイオマスエネルギーと、森林・林業教育。
こうした状況を、包括的に打開していく方法はないだろうか――そう考える中で、多いに期待しているのが木質バイオマスエネルギーです。
バイオマスは一般に「植物・動物由来のエネルギー資源」といった意味で使われていますが、中でも木質バイオマスは、現在は廃棄されている製材屑や剪定枝、あるいは邪魔者にされている竹などを有効利用できる、大変有効なエネルギー源です。現在、枯渇が心配されている石油や石炭などの化石燃料を使用せずに済みますし、木を燃やして出る二酸化炭素はもともと空気中にあったものが光合成によって固定されたものですから(いわゆるカーボンニュートラルな状態)、地球温暖化の防止にも有効です。コストの面から見ても、システムさえ整えば化石燃料を使うより経済的です。
教育面から見た木質バイオマスは、エネルギーの問題、資源の問題、環境の問題を包括的に考えられる、様々なメリットのあるテーマです。坂戸高校では、その特徴を活かした授業と実習のカリキュラムを実践してきました(この試みは、経済産業省資源エネルギー庁が開始した「エネルギー教育実践校事業」に選定され、平成14年度から3年間にわたって「バイオマスエネルギーの有効利用とエネルギー環境教育」をテーマに授業・実習を行いました)。原料となるのは、学校の農場で出る剪定枝や稲わら、伐採した樹木、竹など。いずれも身近にある上に、これまではゴミとして処分されてきたものです(剪定枝などは、最近では「産業廃棄物」に分類されています)。坂戸高校は総合学科高校ですから、林業に関する科目を含む農業科のほかにも工業科や家庭科があります。そこで、それぞれの教育の特色を活かしながら学科を横断するカリキュラムを組みました。まず、農業科では竹から竹炭をつくり、薪ストーブを設置して木質バイオマスで暖房する。工業科では焼いた竹炭をもとに発電し、その電力を使って温室の温度制御をする。家庭科では竹炭を調理実習に使ったり脱臭効果の実験をする。
――木をエネルギー源として加工し、実際に利用するところまでをシミュレーションすることで、生活の中のエネルギーとしての木質バイオマスを実感すすことができます。また、(カリキュラムとしてさらに整備していく必要はありますが)こうした方法なら、演習林のない高校、林業高校ではない高校でも取り組むことができるでしょう。

■5.森林・林業の意味を実感すること。
こうした教育が本当の意味で効果をあげるためには、木質バイオマスが日々の生活の中に広く普及することが不可欠です。
日本は、森林率67%という森林国であるにもかかわらず、森林は決して身近なものではありません。林業の課程がある高校に学びにくる生徒たちですら、実際の森林に入る経験をほとんどしていないのです。加えて、「木」というと、まだまだ建築用の木材資源としてしか捉えられないという現実があります。けれど、純木造の住宅に暮らしている子供たちがどれほどいるか、と考えるとき、暮らしの中で森林の意味を実感する機会は非常に少ない。その意味でも、バイオマスエネルギーは優れた突破口になるのではないかと思うのです。
たとえば、秋田県能代市では、製材工場の廃材を熱と電気に変換して利用するコージェネレーション施設が本格稼動しています。岩手県葛巻町では木質ペレット燃料の供給体制が整えられ、地元の公共施設を中心にペレットストーブやペレットボイラーによる熱利用が進んでいます。花巻市には、そのエネルギーを利用した温水プールもあります。もし、子供たちが、自分が泳いでいるプールが木のエネルギーで温められていると実感できれば、森林への見方も変わってくるでしょう。
木がエネルギー源として重要だということが共通認識になれば、低迷する林業にも追い風です。
その中で、林業高校に学ぶ生徒たちも、森林にかかわる職業人としての将来像が開かれる可能性があると思うのです。現在日本にある森林を、どのように利用するか。それを考えるには、専門的な知識や技術が必要になるからです。将来、石油や石炭が本当に使えなくなったとき、そして、木がエネルギー源として必要になったとき、戦後の大皆伐時代のような失敗をしないために、専門的な立場で木の使い方をコントロールできる人材が必要になってくるでしょう。計画的に森林を育てられる技術と知識も求められるに違いありません。林業高校で学んだ生徒たちが、専門家として、社会の中で重要なポジションにつく潜在的な可能性があると思うのです。

■6.森林・林業教育を、地域へ、広い世代へ。
ここまで、林業高校のおかれた状況と、その取り組みを通して森林・林業教育の現状を見てきました。そこには、日本人と森林の関係がよく現れています。資源としての森林量は確保されているが利用されず、環境として重要だとわかっていても、その知識が具体的に活かされていないのです。
将来に向けて、その関係をよりよいものにしていくためには、もっと早い時期から――小学校や中学校の時期から、森林・林業教育をすることの重要性を感じます。総合的学習の時間などは(賛否様々に議論があるようですが)、とても有効に使えるのではないかと思います。小さいうちから森林に触れる機会がもっとたくさんあれば、根本的な認識も変わってくるでしょう。
そのために、林業高校にもできることがたくさんあると思います。豊かな演習林があり、たくさんの専門的な技術や知識の蓄積がある。これを活かす方法があると思います。小中学生の体験学習を実施している林業高校もありますあ、地域に開かれた学校にすることで、森林と地域の人々とをつなぐパイプ役になれると思うのです。
教育の成果は、一朝一夕に現れるものではありません。けれど、学校で、家庭や地域で、そして自治体や産業界も含めて、少しずつ状況を変えていくことで、新しい未来像が描けるのではないかと思います。


[石井克佳]
1961年東京都生まれ。筑波大学第二学郡農林学類卒業(林政学)、筑波大学大学院博士課程農学研究科前期終了。東京都立農林高等学校教諭を経て、現在は筑波大学附属坂戸高等学校教諭。