■第31号(2005.4発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

未来への森林管理
―日本人と森林との新しい関係を求めて

筑波大学大学院 生命環境科学研究科 助教授 志賀和人(談)


1.「具体的」なスイスの森林。
2.森林は誰のものか。
3.森林管理のプロフェッショナルの存在。
4.「施業管理」を超えた「森林管理」の重要性。
5.木材価格の下落は、スイスでも。
6.「木材飢餓」から、住民に近い制度が。
7.日本の「森林管理」の問題点。
8.新たな森林技術者の誕生をめざして。



日本と同様に山岳国であり、中小規模の民有林が多いスイス連邦。しかし、この国では豊かな森林の景観と、一定以上の木材自給率を維持しています。その要因は、はたしてどこにあるのか。スイスの人々の森林との付き合い方を分析することで、日本の森林管理への応用の可能性も含めて探ってみたいと思います。

■1.「具体的」なスイスの森林。
スイス・アルプスの山々――森林と集落、農地・牧草地がモザイク状に入り組んだその多様で美しい景観は、この国の大切な観光資源です。森林の面積は国土の約30%で、国民一人あたりの森林面積は、日本よりやや少ない0.15ha。しかし、人々と森林との関係は、大きく異なります。
あるアンケート(※1)では、森林をレクリエーションのために利用する人は、「ほとんど毎日」が14%、「週に1〜2回」が44%。実に半数以上の人々が、ごく日常的に近くの森林に出かけ、散策を楽しんでいるのです。スイスには、「歩道散策路法」という法律があり、歩道や散策路の国道や県道が、森林の中に網の目のようにはりめぐらされています。スイスの人々は、三々五々集まっては、その散策路を歩く。その結果として、普段から慣れ親しんでいる「私たちの森林」に、非常に具体的なイメージと意見を持っているわけです。それは、日本人が抱いている日本の森林に対しての意見が、ともすればマスコミを通じて見聞きした「仮想の森林」に対するものになりがちであることと、対照的だといえるでしょう。
たとえば、森林に対する補助金について、「ちょうど良い」「ほぼ適当」を合わせると90%を超えることや、連邦森林法で定めた皆伐禁止の措置(詳しくは後述)について88%が「禁止を維持すべき」としているのも、環境保全がよいことだから、というような観念的なものではなく、実際に森林を歩き、森林のあり方を見て、居住環境として心地いいと感じていることの表れだといえるでしょう。ちなみに、「子どもに職業として林業を薦めるか」との問いには、75%が「はい」と回答しています。

■2.森林は誰のものか。
スイスの人々が毎日のように親しんでいる森林は、では、いったいだれが所有する森林なのでしょうか。
2000年のデータでは、連邦有林が0.7%(そのほとんどは軍事演習地です)、日本の都道府県にあたる「カントン(Kanton)」が所有しているのが4.6%、私有林が27%。そして、残りの60%以上を占めるのが、「ゲマインデ(Gemeinde)」が所有する「ゲマインデ有林」です。
ゲマインデは、もともと地域ごとに存在している小規模な共同体・自治体です。カントンに含まれる自治単位という意味では、日本の市町村や財産区に相当します。けれど、スイス連邦の成立過程では、個々のゲマインデが結びついてカントンを構成し、それらがさらに同盟を結んで連邦をつくったという歴史の流れが示すように、カントンもゲマインデも、自治の力、住民の決定権が非常に強い。ですからゲマインデ有林は、(現在の日本でいう市町村有林というよりは)かつての日本の入会林野のようなもの、といったほうが近いかもしれません。つまり、スイスでは、「私たちの山」「私たちの森林」という意識と仕組みが根強く残り、かつ人々に開かれた存在としてあるのです。

■3.森林管理のプロフェッショナルの存在。
「私たちの森林」であるゲマインデ有林には、森林経営の責任者である森林技術者がいて、林務事務所があり、森林経営の重要な単位となっています。経営責任者は、「フェルスター」とよばれる、国家資格を持つ専門職です(※2)。
フェルスターになるには、まず、義務教育終了後、職業学校に通いながら3年間森林の現場で働いて実務を習得し、「森林管理者」の資格を取得しなければなりません。さらに、森林管理者として2年以上の実務経験を積んだ後、フェルスターシューレ(フェルスター養成学校)で2年間の教育を受けて、ようやくフェルスターの資格を取得できるのです。
フェルスターの仕事には、ふたつの側面があります。
ひとつは、ゲマインデ有林などの経営責任者としての仕事です。ここでは、森林施業計画を立て、労働者を組織して施業を行い、若手を育成し、経済的な収支も含めた経営全般を取り仕切る役割です。
どのような森林をつくるのか。どの木を伐り、全体でどのくらいの量の木材を出すのか。結果的によい森林ができるかどうか、収支が合うかどうかなど、すべてはこの経営責任者の肩にかかわってくるわけです。
もうひとつは、ゲマインデ有林の周辺の私有林や他の公共的森林の管理と助言です。スイスでは皆伐が禁止されており、自給用以外の伐採はすべて許可制です。たとえ個人所有の森林であっても、伐採しようとするときには資格を持ったフェルスターが伐るべき木を選び(選木記号付け)、適切な天然更新を行うことが義務付けられているのです。また、森林保護や自然郷土保護といった視点から専門家として助言したり、指導を行うことも大切な業務です。

■4.「施業管理」を超えた「森林管理」の重要性。
地域の人々にとってフェルスターは、普段から森林で親しく出会う人であり、地域の人々とともに森林の環境をつくり、守る専門家です。
たとえば、山のふもとのあるゲマインデで、所有している森林が雪崩を防ぐ役割も持っていたとします。その森林をどのように管理・保全するか、という問題は、単に森林の手入れという作業(施業)レベルのことではありません。自分たち住民が将来にわたって安全に暮らせるかどうかが、管理の仕方にかかっているわけです。
あるいは、景観保全やレクリエーション、自然保護に対する配慮も必要です。スイスでは森林を転用することは禁止され、森林と建物の距離も30m以上あけるといった決まりがあります。また、所有者が立てる森林施業計画とは別に、地域の森林整備計画をカントンが作成するのですが、そこでは、自然保護や災害防止、景観保全、レクリエーション機能と木材生産のバランスを確保した森林の取り扱いと森林整備方針を、地域住民や関係者の参画のもとに合意し、スイスの大切な観光資源である牧歌的な景観を維持しているのです。
それが、「施業管理」の枠を超えた「森林管理」であり、森林とごく身近に接しながら暮らしているスイスの人々はその重要性をよく理解している。適切な「森林管理」のためには、専門的な知識と技術が必要なことをよく知っているのです。

■5.木材価格の下落は、スイスでも。
木材生産という面だけを見れば、スイスでも、経済的に恵まれた経営をしているわけではありません。2001年のデータでは、針葉樹の幹材が1立方mで70スイスフラン(約6300円)、広葉樹の幹材が104スイスフラン(約9360円)。1980年代には木材を販売して得る利益に補助金を足せば収支はつりあっていたのが、1990年代以降は、連邦やカントンの補助金を増額し、さらに副収入を加えても平均的には若干の赤字が出るという状況が続いています。
それでもスイスでは継続的に木材が生産されており、森林の環境も守られています。それは、地域の木材を地域で循環的に利用し、多少の赤字は地域で補填していこうという地域住民の合意があるからです。
前述したように、森林は住民の大切なレクリエーションの場所であり、また観光資源としても重要な財産です。木材も生産しながら平均367立方mという世界有数の森林の蓄積を維持し、加えて森林を常に活力ある状態に保って、地域の人たちにもいい環境を提供する――それらを総合的に実現できるような運営をしていくことこそが重要なのだ、という住民の認識があるからなのです。

■6.「木材飢餓」から、住民に近い制度が。
このような森林管理のスタイルは、しかし、最初からできあがっていたわけではありません。ヨーロッパの他の国の例にもれず、スイスでも、19世紀に大規模な森林の皆伐が行われました。燃料源や資材として大量に木材が輸出されたのです。1870年のスイスの森林面積は76.8万haで、これは現在の63%に過ぎません。森林は荒れ、山々は一面に山肌をさらし、洪水被害が頻発しました。
住民がこの状況に大きな危機感を抱いたことから、様々な法体系が整えられ、現在に至る森林管理の枠組みがつくられていきます。1965年の連邦森林警察法改正では、すでに災害防止に加えて「水の供給と浄化、大気の浄化、レクリエーション、保健休養、景観保全」といった森林の公益的機能の概念が明文化されました。さらに1970年代には、ほとんどのカントンにおいて森林が保安林化され、皆伐の禁止などの規制措置が設けられたのです(皆伐は、後に、1991年連邦森林法における禁止事項となります)。それと並行して、森林を管理していく専門的な人材を養成するための教育機関(フェルスターシューレ)もつくられました。
「木材飢餓」ともいうべき状況を体験した人々が、二度とそのようなことが起きないように、森林を循環的に利用していくための法律をボトムアップ型でつくり、制度を整え、実践的な技術者を育成した。それが、今日のスイスの森林管理の基本だったのです。

■7.日本の「森林管理」の問題点。
住民の側からの要請として循環的な森林利用と森林管理が求められ、それに合わせて制度や法律が整えられてきたのがスイスだとすれば、制度はつくるけれどそれを実践する受け皿がない、というのが日本かもしれません。
日本では、長い間、林業生産にともなって予定調和的に「森林の管理」が行われてきました。それは経済的な森林経営の一部と捉えられ、手法についてはそれぞれの所有者に任せられてきました。
しかし、森林経営自体が立ち行かなくなったことで、今度は「経営」と「管理」を並列的に捉えようとする考え方が生まれてきました。改正された森林・林業基本法にも、「林業の持続的かつ健全な発展」と並べて「森林の有する多面的機能の発揮」が大きく打ち出されています。確かに、地球環境や景観の保全といった、林業生産以外の部分への(主に都市住民の)ニーズが高まっていることは事実でしょう。
ただ、たとえば、公的な資金をつぎ込んで「水源涵養林」をつくれば、それで多面的機能を発揮することになる、というほど森林は単純ではないでしょう。また、人工林を複層林化していく「長期育成循環林」というビジョンも、誰がどのように実践すればうまくいくのか、というところが置き去りになっている気がします。
もちろん、民間の側、林業に関わっている人たちの側からの働きかけも、始まってはいるのです。
たとえば、適切な施業が行われないことの大きな原因のひとつとなっている不在村所有者の問題。森林組合がこうした所有者とコンタクトをとり、森林組合が受託するかたちで間伐など必要な手入れを行い、同時に少しでも将来的な収益を生み出していこうという試みは、各地で行われています。また、森林GIS(林業情報システム)。GIS=Geographic Information System の技術により、森林簿や森林基本図に施業履歴情報などを重ね合わせ、情報把握、分析などを行うシステム)を取り入れ、所有境界や林分など様々なデータを一括管理していこうという動きも、20以上の森林組合で進んでいます。正確な情報を集約し継続的に管理していくことで、より効率的に施業を行ったり、森林計画を立てたり、計画と実際の施業の整合性をチェックするなど、提案型の森林管理につなげていこうとしているのです。
しかし、こうした試みによっても、所有者に大きな収益が還元されることは難しいのが現状です。また、これらの試みが、どちらかというと個々の森林組合(と組合員)の「がんばり」によって維持されているという状況も、変えていく必要があるでしょう。
新しい森林・林業基本法で表現のしかたを変えてはいても、実際の政策や法律の面では、これまでの日本が行ってきた「施業経営管理」――林業生産に重点をおいた「森林管理」――の枠を大きく出てはいない。それが、日本が抱える大きな問題だと思うのです。

■8.新たな森林技術者の誕生をめざして。
限りある資源を「持続可能な」方法で「循環的に」利用していこう、という考え方は、今や国際的な基本概念です。日本の森林・林業基本法にうたわれた「森林の有する多面的機能を発揮させる」ことの必要性も、本来はそこに依拠しているはずです。しかし、そのための具体的な方法――「どのように森林を管理していくのか」――について、日本はまだ、答えを見出せていないような気がします。
必要なのは、地域全体を巻き込んだシステムであり、それを担う人材です。
これまで日本の林業を支えてきた人たちは、所有者も施業にかかわる人たちも、みな高齢化しています。森林所有者の人たちが次の代になると、ごく熱心な一部の所有者を除けば、後継者が自ら経営に当たることはますます難しくなる。所有地の境界もわからず、相続によってさらに分割され、手を入れられずに荒れていく人工林の問題は、より深刻化するでしょう。
けれど、見方を変えれば、今こそがいいチャンスだと捉えることもできるはずです。森林の現場を熟知していて、森林施業計画も立てられる。林業のことをあまり知らない所有者ともコミュニケーションをとりながら、プロとして森林を管理していける。そんな人材――「新たな森林技術者」が、切実に必要になるからです。
いま注目されているのが、様々な新規参入の人たちです。UターンやIターンを含め、毎年2000人を超える人々が新たに林業に関わり始めています。そこには、林業に対して様々な思いを持つ、様々なキャリアの人がいます。彼らが林業に定着し、さらにはキャリアアップをはかっていける仕組みをつくることが、ぜひとも必要でしょう。
それに加えて、地域住民と行政、そしてこの「新しい森林技術者」とが一体となった、より広い意味での「森林管理」のためのシステムづくりも急務です。
持続的な経営を実行したり、地域の実態にあった施業体系をつくりあげていける、森林の現場における技術的な専門性。多面的機能を発揮できるように法制度を整えたり、本当に必要な補助を決定したりする行政的な専門性。さらには、森づくりの方向づけに住民の意思を反映したり、住民の森林利用を推進したりする住民代表性。これらがうまくトータルに機能する「地域システム」をつくり上げていくことが必要です。
スイスのフェルスターは科学的見地に基づいた知的な森林経営ができるだけでなく、住民や所有者と、行政と、きちんとコミュニケーションできる存在だから、地域の人々から尊敬され、誇りを持って仕事をしている。日本でも、地域全体で、住民と、行政とともに考えられる人材とシステムが、ぜひとも必要だと思います。

※1
Swiss Agency for Environment, Forest and Landscape (2000) Social demands on the Swiss forests.より

※2
スイスの森林技術者には、「フェルスター」「森林管理者」の他に、「森林技師」があります。森林技師は、連邦工科大学を卒業した有資格者で、森林管理署長や連邦・カントン林務官庁の上級職に登用されます。現在、フェルスターの実力の向上を背景に、森林技師の資格を大学ではなく、高等専門学校(フェルスターシューレ)でも取得することができるよう検討がなされています。


[志賀和人]
1953年千葉県生まれ。東京教育大学農学部林学科卒業、同大学院農学研究科修士課程修了。全国森林組合連合会指導監査部次長を経て現職。専門分野は、森林資源社会学、森林政策論。
主な著書に、『民有林の生産構造と森林組合』(日本林業調査会)、『地域農林経済研究の課題と方法』(共著、富民協会)、『現代日本の森林管理問題』(全国森林組合連合会)、『21世紀の地域森林管理』(全国林業改良普及協会)など。