■第29号(2004.4発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

「ウッドマイルズ」が、日本の木造建築に
「環境」という指標をもたらす。


ウッドマイルズ研究会事務局長、建築家 滝口泰弘(談)


1.木材は、「究極のエコマテリアル」。
2.「輸送」という落とし穴。
3.木材の「エコ」の中身を数値化する。それが「ウッドマイルズ」。
4.ウッドマイルズによって見えてくるもの。
5.ウッドマイルズと地域産材の利用。
6.地域材の性能アップも不可欠。
7.環境への配慮に、経済面での後押しを。
8.ウッドマイルズで「環境」を社会の常識に。



「環境に優しい」といわれる木だが、どのように優しいのか、どのくらい優しいのか、あるいは、本当に優しいのか。――そんな問いにひとつの答えを提供するべく、2003年6月、「ウッドマイルズ研究会」が発足した。「ウッドマイルズ」――聞き慣れないこの言葉は、日本の木材利用の状況を洗い出し、さらには、木材の新しい価値基準を提示している。今回は、その考え方を紹介し、日本の木材利用に与える影響について考察してみたい。

■1.木材は、「究極のエコマテリアル」。
リラックスできるし、香りもいい。健康の面からも安心できる――。木という素材がもたらす木造建築のよさについては様々な意見がありますが、「環境に優しい」ことも、重要な特徴のひとつです。
ひとつには、木材が建築材料になるまでに必要なエネルギーが、他の素材と比べて圧倒的に少ないことがあります。鉄材と比べると約200分の1、アルミニウム材なら約780分の1という、桁違いの少なさです。製造に使うエネルギーが少ないということは、資源の消費も、温室効果ガスの排出も少ない、つまり、環境への負荷が少ないことを意味します。さらに、木は生きている間に炭素を固定する働きをすること、再生可能であることなどから、木材は「究極のエコマテリアル」と言われてきました。
ところが、ここには、考えなくてはならない大きな問題がありました。

■2.「輸送」という落とし穴。
山に生えている木が木材になるまでには、山から伐り出し、集積地に運び、製材し、消費地に運び…と、必ず「輸送」というプロセスを経るわけですが、重くてかさも高い木材は、輸送で大きなエネルギーを消費するのです。
実際、日本が輸入している木材のうち、北欧材などは、鉄道と船によって2万キロを越える距離を輸送されてきます。この過程で、製造エネルギーの6倍以上のエネルギーを消費してしまうのです。家一軒をすべて欧州からの輸入材で建築すると、輸送エネルギーだけで木材以外のすべての部材の製造エネルギーに匹敵するエネルギーを消費してしまう計算です(以上、後出の藤原氏の調査<『木材情報』2002.8>より)。
日本は木材利用量の約8割を輸入している国です。ここには「エコマテリアル」のはずの木材が、結果としてエコロジカルには利用されていない実態がありそうです。また、選択する木材によって環境負荷の大きさが全く異なることも予想されます。木材ごとの環境負荷の大きさを数値的に示すことができれば、消費者は環境負荷の少ない、本当にエコロジカルな木材を選ぶことができる。その手助けをするために生まれたのが、「ウッドマイルズ」という考え方です。

■3.木材の「エコ」の中身を数値化する。それが「ウッドマイルズ」。
「ウッドマイルズ(wood miles)」というのは、名前のとおり、木材(wood)が運ばれてきた距離(miles)、すなわち「木材の産地から消費地までの距離」を意味します。提唱したのは、森林総合研究所理事の藤原敬氏です(藤原氏は、ウッドマイルズ研究会の発起人の一人でもあります)。
前述したように、木材を環境の側面から評価するとき、輸送のプロセスも大きな影響を与えます。 そこを加味しなければ正しい評価や比較ができないにもかかわらず、その手法は確立されていませんでした。「ウッドマイルズ」は、「輸送距離の長さ」を指標のひとつにすることで、これまで見過ごされがちだった、しかし、実際には大きな影響を及ぼしている「輸送プロセス込み」の木材の環境負荷を評価しようというものです。つまり、同じ一本の木材を考えるとき、輸入材なら近隣の国からの輸入のほうが、そして、当然ながら輸入材よりは国産材のほうが、結果として消費エネルギーが少なくなる(環境負荷が低くなる)、そのことを数値的に明らかにしよう、というわけです(この発想のもとになったのは、1990年代にイギリスで起こった消費者運動のひとつ、「フードマイルズ」です。これは、食材の産地から食卓までの距離を縮めて安全性を確保し、同時に環境負荷を低減しようという運動でした。これを木材にあてはめたのが、「ウッドマイルズ」です)。
基本的な考え方は、こうです。 まず、木材が運ばれてきた「距離」に、運ばれてきた「量」を乗じたものを「ウッドマイレージ(木材総輸送距離、km・m3の単位で表します)」と呼び、その木材の環境負荷の大きさを表す基本的な指標とします(航空会社のサービスのマイレージと同じく、異動した距離を積算していくものです。「この木材のウッドマイレージは○○○○km・m3だ」とか、「Aの木材よりBの木材の方がウッドマイレージが大きい」などという風に使う、と言えばわかりやすいでしょうか)。
さらに、実際の消費エネルギーの大きさは輸送方法によっても違いますから(船で大量に輸送する場合に比べると、トラックで少量を輸送する場合の方が木材1本あたりの消費エネルギーが大きくなる)、輸送方法ごとのエネルギー量を割り出し、「輸送過程全体で排出したCO量」という指標も設けています(これを「ウッドマイレージCO」といいます)。ご存知のように、排出CO量で環境負荷を表すのは現在の主流ですから、これによって、他の素材と木材との比較も容易になります。

■4.ウッドマイルズによって見えてくるもの。
ウッドマイルズの考え方を取り入れると、木材利用と環境との関係はより鮮明に見えてきます。
単純に木材輸入の「量」だけを比較すると、アメリカは日本を上回る世界最大の木材輸入国です。しかし、アメリカの輸入元は、多くが隣国のカナダ。これに対して、日本はヨーロッパや北米をはじめ、南半球のチリやニュージーランドからも大量の木材を輸入しているため、ウッドマイレージはアメリカの約4.5倍にものぼります。では、実際に建築された家で比較するとどうでしょうか。
国産材、それも地元で産出した木を使って建てた家と、公表されている各種データから割り出した概算の平均値について、ウッドマイレージを比較する調査を行いました。地元産材の家は、いずれも面積あたりの木材利用量が全国概算平均値の2倍を超えるにもかかわらず、家全体のウッドマイレージははるかに小さいという結果がでました。
さらに、同じ事例で「ウッドマイレージCO」を算出し、比較すると、地元産材で建てた家は排出CO量が140〜960(kg-CO)なのに対して、全国概算平均値は2000(kg-CO)。比較すると、1000〜1800(kg-CO)という大きな差があることがわかりました(ちなみに、京都議定書で掲げられた日本の数値目標(1990年度比6%削減)を、家庭部門一世帯あたりにすると164(kg-CO)。一軒の家を地域材で建てることで、大きく達成されるわけです)。

■5.ウッドマイルズと地域産材の利用。
前述したように、日本は木材利用量の8割を海外から輸入しています。それによって大量のエネルギーを消費し、環境に負荷をかけていることは、数値的にも明らかです。一方で、日本には適切な管理がされないままの放置林が数多くあり、せっかく近い場所にある(エコロジカルな)木材資源が使われないままになっています。こうしたいびつな状況に対する問題提起は以前からなされてきました。 地域材を積極的に使おうという運動も各地でおこっています。国産材、それも地域材の「エコロジカルさ」を数値的に表すことができるという意味で、ウッドマイルズは、こうした運動に新たな理論的立脚点をもたらすことになります。国産材・地域材のよさをアピールし、利用を促進できれば、日本の山林と林業が抱える問題の改善を後押しできるかもしれません。
そのためには、ウッドマイルズの手法をより信頼できるものにし、同時に広く一般に取り入れられるようにする必要がある――そうした思いから発足したのが、「ウッドマイルズ研究会」です。現在は、より多くの人がウッドマイルズの考え方を取り入れられるようにウッドマイルズの評価マニュアルと簡単な計算ソフトの開発を進めており、まもなく第一弾を発表する予定です。

■6.地域材の性能アップも不可欠
ウッドマイルズの考え方は、地域産材を利用することのエコロジカルな側面をはっきりと示しています。しかし、残念ながら現在は、建築家や工務店が熱心でなければ木の産地を選んで建てるという方法にはなりにくいのが実情です。地域産材を使って家を建てるには、そのための特別なルートが必要だからです。
通常の手続きでは木材業者から木材を仕入れるわけですが、そこではどうしても米ヒバなどの輸入材が大半をしめるという現状があります。国産材であったとしても、産地がはっきりわかっているは非常に少ない。必要な種類、必要な量の木材を地域材で揃えるには、やはり山元とのつながりが必要で、そういうことも地元産材での建築がすぐに増えない原因になっています(もちろん、熱心な林業家の人たちは、この材をこの量で、という発注をしてもきちんと応じてくれます。木材の知識も豊富ですから、木の使い方に関しての助言もしてくれます。そういう篤林家の人たちの山林と、放置林や所有者もわからない山林との差が大きすぎる、というのが正しい現状認識だと思います)。
さらに、輸入材の方が目柄も揃っていて乾燥もしっかりしている場合が多い、というのも、残念ながら事実です。いま、国産材で家を建てることがひとつのブームのようになっていますが、5年、10年たったときに問題が起こらないようにするには、本当に信頼できる品質のものを気をつけて選ぶ必要があるのです。消費者の評価が下がってしまったら、もう二度と使ってもらえなくなってしまうでしょう。そういう意味で、国産材の品質の精度を上げていく作業も必要不可欠です。

■7.環境への配慮に、経済面での後押しを。
家を建てるときは、誰もがデザインや性能にこだわります。でも、「環境にいいかどうか」ということを、それと同じくらいに気にする人は、まだまだごく少数です。
たとえば断熱性とか気密性の数値化というのは大変進んでいて、冷暖房にかかる費用の試算などは、建てる人も大いに気にするポイントです。しかし実際には、光熱費が低く抑えられていても、建築材料を製造するのに莫大なエネルギーを消費していた、ということもあり得るわけです。たとえば、アルミサッシを木のサッシにすると、気密性が劣り、冷暖房費用は増えるかもしれません。しかし、サッシの製造や廃棄なども含めて家一軒をトータルに見るとどうなるのか――そういう視点も本来は必要だと思います。
光熱費が問題になるのは、もちろん、それが経済的なことと結びついているからです。であれば、環境への影響も経済と結びつけるシステムをつくればいいと思います。自動車には排気ガスの規制があり、基準値をクリアすることが義務付けられているし、大幅に少ないものはエコカーとして税金が軽減されたりする。住宅にもそろそろそういう基準が必要なのではないでしょうか。
それは、木を育てる人たちに対しても同じです。
地域材を使う家を建てるためには、山元の人たちとのつながりが大切だということは前述しました。もちろん、確実に質のよい材を入手するためなのですが、もうひとつ、普通の流通ルートにのった国産材では費用がかさんでしまうという問題もあります。国産材は、数多くの中間過程を経ることで、立木の十数倍という価格になってしまうからです。そこを、我々建築家や工務店が直接山元と取引することによって採算を合わせているというのが実情です。ですから、地域材の家を1軒建てたからといって、山元に入る利益が圧倒的に増えるということは、今はありません。そのことも、解決しなければならない問題のひとつです。
「環境負荷を減らす」という価値に対して、材料を提供する側にも、消費する側にも経済的なメリットがあれば、新しい流れも生まれていくのではないでしょうか。環境税のようなものは、もっと整備されていけばいいと思います。

■8.ウッドマイルズで「環境」を社会の常識に。
さらに、個人が家を建てる場合だけでなく、行政や企業もウッドマイルズを利用すれば、環境への影響はより大きなものになるでしょう。
公共事業で建築物を建てるときも、ウッドマイルズによって環境負荷の軽減効果が数値的に試算できれば、木造建築を候補のひとつとして比較検討するきっかけになります(実際に、そういうオファーもきはじめています)。木造でもかなり大規模な建物を建てることは可能ですから、駅舎とか、木造のホールとかが計画されるかもしれません。地元の木材を使ってそうした建物を建てる意味は大きいと思います。行政が先頭にたって、しかもある程度の量を消費することは、社会のシステムへの影響も、地域の山林への影響も、少なくないからです。現代は、企業も環境への影響に対して説明責任を問われるようになって来ていますから、ハウスメーカーが自分たちの使う木材の評価基準として使う可能性もあると思っています。ここでも、企業の責任として国産材・地域材を積極的に利用する、という結果につながるかもしれません。
ウッドマイルズを信頼できる指標として確立すること、そして、それを社会に認知されるよう働きかけていくこと。それによって、便利さや経済性と「環境への影響」が、同じレベルの基準として比較検討されるようになること――。そんな社会のあり方をめざして、まだ始まったばかりの活動を大きく育てていきたいと考えています。


[滝口泰弘]
1973年神奈川県生まれ。東京都立大学工学部建築学科卒業、同大学院修了。東京の設計事務所勤務を経て、木造建築と環境とのかかわりについて再度深く学ぶため、岐阜県立森林文化アカデミーに入学。在学中にウッドマイルズの考え方と出会う。2002年滝口建築スタジオ設立。2003年ウッドマイルズ研究会立ち上げに参加。2004年、特定非営利活動法人WOOD AC設立、木造建築の可能性について様々な情報発信を行っている。