■第26号(2002.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

森林・林業基本法―
森林と人との新しい関係は生まれるか。

静岡大学農学部 教授 小嶋睦雄(談)


1.基本理念の転換が起こった。
2.林業を経済のシステムへ ―。旧基本法の目指したもの。
3.「木造建築」と「木材需要」の間にあったもの。
4.「経済重視」から「環境重視」へ。1991年に、その萌芽を見る。
5.法改正は優先順位の変更である、ということ。
6.マーケットの創造は、「使える製品」づくりと、「使う人」づくり。
7.上流と下流の共通言語をつくろう。
8.環境と産業、環境と人の営みを包括できる森林へ ――。



2001年6月、『森林・林業基本法』が成立した。1964年に制定された「林業基本法」の、37年ぶりの改正である。林業の経済的発展のための法律から、森林環境保全のための法律へ。まったく性格を異にする新旧ふたつの法律の間には、何があるのだろうか。そして、今回の法改正とそれにともなう政策転換は、林業の現場に、森林と人との関係に、どのような影響を及ぼすのだろうか。

■1.基本理念の転換が起こった。
「森林の有する多面的機能の発揮」(第2条)、「林業の持続的かつ健全な発展」(第3条)―― これが、新しい『森林・林業基本法』が掲げた目標です。「多面的機能」とは国土保全や水源涵養、自然環境の保全などで、「林産物の供給」も含まれてはいますが、主に「環境財としての森林」を強調した内容になっています。対して林業は、それら多面的機能を発揮させるのに「重要な役割を果たしていることにかんがみ」発展していくべきだ、という規定がなされています。
これを1964年に制定された「林業基本法」(以下、旧基本法)の条文と比較してみると、考え方の違いがよくわかると思います。旧基本法では「林業及び…(中略)…林業従事者が国民経済において果たすべき重要な使命にかんがみ」(第1条、法律の目的)、「林業総生産の増大を期する」(第2条、政策の目標)といった具合に、産業としての林業の経済的発展を主な目的としていました。
「林業の経済的発展」から「森林そのものの機能の発揮」――すなわち、環境の側面を重視した考え方――へと、基本理念を大きく転換したのが今回の法改正でした。今後うたれる政策も、「木材の生産を主体とした政策から、森林の有する多面にわたる機能の持続的発揮を図るための政策へと転換する(林野庁ホームページより)」ことになります。

■2.林業を経済のシステムへ ―。旧基本法の目指したもの。
旧基本法が制定された当時の日本は、高度経済成長の真っ只中でした。建築ラッシュが起こり、木材需要が右肩あがりで伸びた時期です。この需要の増加に、国内の木材供給は追いつけませんでした。売り手市場となった木材の価格は高騰し、これに歯止めをかけるため、1961年には国有林の大規模皆伐と外材の輸入が始まっています。
国内の森林から需要を満たすだけの木材を産出することが求められましたが、日本の林業は、一部の大規模所有者を除けば基本的には家族経営であり、組織的、計画的に木材を生産できる構造ではありませんでした。林家の近代化を図って生産量を上げるとともに、将来につながる担い手を育てていかなければ――そんな経済的要請のもとに生まれたのが、旧基本法でした。
重要なことは、法律の基本理念です。その理念に従って政策がうたれ、事業が計画され、そのための予算が組まれる。具体的な行動の規範となる役割です。それと同時に、法律の後ろ盾があることで政策や予算に対して合意形成が得やすくなる、という側面も重要です。事実、旧基本法にのっとって、効率的に木材を生産できる人工林への転換(拡大造林)や入会林野の近代化、森林組合の充実などの施策がとられ、様々な補助金が交付されました。それによって国産材の生産力を高め、増大する木材需要を満たす。それでも足りなければ外材で補う――。これが旧基本法の描いた構図でした。
しかし、旧基本法制定と同じ年に丸太の貿易自由化が完了し、国内の木材不足は徐々に解消していきます。価格競争で有利な外材によって需要が満たされ、旧基本法の当初の目的は、制定後数年で崩れることになるのです。

■3.「木造建築」と「木材需要」の間にあったもの。
木材需要があるにもかかわらず、その後、国産材の自給率は下がっていきます。ここには、よく言われるような外材との価格差のほかにも、現在まで続く生産と消費の問題があります。
日本の国産材は、木造住宅の建築用材として供給されてきました。大工職人が在来工法で建てる家の柱や板が、主たる「製品」です。その構造は37年前も現在もあまり大きく変わっていません。
ところが、実際の住宅建築のマーケットは、その間に大きく様変わりしました。
まず、住宅建築の数が、いつまでも右肩上がりではなかったという事実があります。1973年に180万戸、74年には190万戸の家が建ちましたが、これはいわば特異な数字で、すぐに下降し始めます。住宅ストックは、この時点ですでに日本の世帯数を超えていたのですから(けれど、高度経済成長が終焉し、低成長に転換する頃にも、林業と林政の関係者は、住宅は量から質だ、人々は公団住宅から戸建住宅へと移っていくから住宅建築はまだまだ増える、と言い続けていました)。
そして、建築方法やマーケットの構造も大きく変わりました。大手の住宅メーカーなどによる工業製品的な住宅がシェアを伸ばし、建築素材の新しい生産流通システムができあがったのです。こうした住宅メーカーは、木造住宅の材料に外材やエンジニアド・ウッド(改良木材、工業化木材。科学的手法で木材の「欠点」――という表現を開発者たちはするのですが――を是正したもの)を選択しました。
なぜか。均一な品質の製品が、大量に揃うからです。マスメディアを使った圧倒的なPR活動の影響もあって、こうした住宅産業の寡占構造が形成されていきました。地元の工務店が、「つて」で住宅を建てる時代ではなくなったのです。
国内の林業界は、そうしたマーケットの構造的な変革から取り残される形となりました。住宅建築における木造建築の割合は約4割ですが、この中にはツーバイフォーや木質プレハブの住宅が含まれており、そこに国産材は使われていないのです。
たとえば、ツーバイフォーが増えているのなら、その素材を国産材で提供すればよかった。スギやカラマツでつくろうという研究もありましたが、採算性の問題もあり、製品として使用されたのはごく少数です。あるいは、大工職人による在来工法にこだわるなら、その人材育成にまで目を向けるべきだった。技術を持った大工職人と家を建てたい人を結びつける、つまり、木材をどう「商品」にし、どう「消費」するか、というところまでを考えるべきだった。けれど、「木材の良さは、わかる人にはわかるんだ」という思い入れのもとに、そういった商品開発やマーケットの掘り起こしは殆どされないまま、時間が過ぎました。
大手の住宅メーカーがこぞって「木」をセールスポイントにしている現状と、使われない国産材という状況を見るとき、やはり忸怩たるものがあります。林業を経済システムの中に取り込もうとしたはずの法律のもとで、経済的競争力を持たないまま、日本の林業は失速していったのです。

■4.「経済重視」から「環境重視」へ。1991年に、その萌芽を見る。
その後、様々な政策がうたれたにもかかわらず、林業の採算性は下がり続けます。行政の側も徐々に、経済的手法だけで林業を建て直すことが困難だと考え始めます(その方向転換は、1991年、林野行政に「森林の流域管理システム」を導入した時(※)、すでに兆しがあったように思います。この時の考え方の柱は、「緑と水のための多用な森林整備」と「安定的な木材供給」でしたが、「木材供給」よりも先に「緑と水のため」があることなどに、環境重視の考え方がよく表れています)。
「経済」で行きづまったから「環境」なのか。そういう批判があるのは、ある意味で当然です。補助金による誘導政策で、経済第一主義とでもいうような林業を育ててきたことについては、大いに反省しなくてはならないと思います。
ただ、新しい森林・林業基本法は、もともと日本の林業が持っていた理念を表面化させ、法制化した、という面もあるのです。森林の持つ環境財としての側面は、「公益的機能」という言葉で古くから言われてきたことであり、高度経済成長の時代を経て今も脈々と林業経営をやっている林業家の人たちは、木材生産と豊かな森林を育てることを両立させているからです(そういう意味では、私自身は、林業の振興を図ることが結果として森林の機能も高めるという、いわゆる予定調和論は誤りだったとは思っていません)。つまり、林業においては、「経済」と「環境」は、対立する概念ではない、ということです。加えて、現在も木材需要は厳然としてあり、その需要を満たすための開発圧力が熱帯や亜寒帯の原生林に向かっているという事実があります。環境に十分配慮した人工林経営からの木材を率先して使うことで、その開発圧力を減殺できるとすれば、環境面と経済面のメリットが両立することになります。
「経済」から「環境」へ。それは、一定の時間を経て(経済だけで森林をコントロールすることに失敗するという体験を経て)、我々がようやくたどりついた認識だともいえるのです。

■5.法改正は優先順位の変更である、ということ。
では、この法改正は、林業にどのような影響を与えるのでしょうか。
まず、「多面的機能を発揮させる」ために、施業の転換を迫られることが考えられます。たとえば更新の方法です。皆伐か択伐か。皆伐にする場合は規模をどうするか。択伐にする場合の伐採技術の確立も必要です。また、森林・林業基本法にのっとって策定された『森林・林業基本計画』では、よりきめ細やかな施業を行うためには複層林施業が「ふさわしい」としているようですが、そのための技術体系をどうするのか、という問題もあります。しばらくの期間は、暗中模索をしながら施業の仕組みと技術体系を確立していかなければならないでしょう。択伐施業や複層林施業へ移行すれば、より多くの手間がかかり、量的な生産性はあがりません。それを経済的にカバーできるような方法も考えなくてはいけないと思います。
環境的な機能を生かすことと木材生産の両立が、すべての森林で最初から成功するとは思いません。これまでの経営の仕方によっては、かなりの負担がかかる林業家もあると思います。そこで経済的なサポートが必要になってくるわけですが、これまでの「補助金」は、「なぜ私的財産の造成に税金を投入しなければならないのか」という批判に合理的な説明をすることが困難でした。しかし、森林が国民に対して果たす機能――多面的機能――が法律に明記されることで、それに対する社会的なコスト(環境コスト)である、という根拠が生まれる。これも、法改正の大きな影響です。
たとえば、この法改正にともなって、森林を伐採した所有者に森林の回復を義務付ける法的措置が行われます。一見、林業家にとっては新たな負担増と捉えられるかもしれません。しかし、新しい法律のもとでは、森林の環境を次の世代に引き継ぐために必要な環境コストとして、造林補助金を交付できる。「直接支払い制度」も同じことが言えます。森林整備に必要な生育調査などに対して、1haあたり1万円程度の「森林整備地域活動支援交付金」を支払うという制度ですが、これも、「より機能の高い森林にする」という目的で、必要な施業に経済的な助成ができることになります。
公的資金をつぎ込むときに、何を基準に、どういう優先順位でつぎ込むのか。この法改正は、その立脚点が「林業家個人の経済的メリット」ではなく、「地域の環境保全」であることを国民に対して明らかにしました。環境負荷軽減のためには経済的負担もやむなし、という時代の趨勢の中、法律が「環境重視」を打ち出すことで、必要な財政措置に合意を得やすくなり、結果として森林にも林業にも良い影響を及ぼす。この法改正には、そういう意味もあるのです。

■6.マーケットの創造は、「使える製品」づくりと、「使う人」づくり。
もちろん、実際の林業を成立させるためには、環境負荷の少ない森林をつくると同時に、そこから出る木材がきちんと消費されることが不可欠です。
私が運営に関わっている静岡県の流域林業活性化センターの協議会(流域林業活性化協議会)には、森や木に縁のない一般の市民の人たちもメンバーとして参加しています。話をする中で、林業関係者にとっての常識が、彼らにとってはそうではない、と気づかされることがしばしばあります。
「天竜材とは何か」「どこに行けば手に入るのか」という質問に、関係者はショックを受けます。あるいは、流域の木材を使ってほしい、という林業側の要望に対して、「加工場や展示場はどこにあるのか」「どのような木材が、住宅のどこに使われているのか」といった、新鮮な疑問が出てきます。一般の市民は、森林としての「天竜美林」は知っていても、シックハウスの問題などで木に興味があっても、「木材(=商品)」としては見たことがない。「森林」と「木材」とその「使い道」が切り離されているのです。林業関係者は、そういう人たちの声に耳を傾け、消費者がどういう情報を求めているのか、マーケットはどういう製品を必要としているのか、知ろうとすべきです。市場競争力のある製品は、そこから生まれるのだと思います。
一方で、その商品を「使う人」の輪も広げていかなければなりません。
たとえば、今の市民ボランティアの活動は、植林や施業放棄林の整備といった範囲でとどまることが多い。でも、木を植えたから地球環境問題に貢献した、というふうにして終わらせてはいけないと思います。人工の森林は、木を伐ることで更新し、循環していく。その循環は、「使う」人たちなしには成り立たないからです。ようやく、「近くの山の木で家をつくる運動」(神籬 第23号 参照、編集室注)など、生産と消費をつなげた運動が出てきましたが、まだごく少数です。

■7.上流と下流の共通言語をつくろう。
林業にとって、こうした木を「使う」人たちとの連携は不可欠です。森林・林業基本計画の中にも、「国民の参加と合意を得つつ」21世紀を森林の世紀にする、という考え方が謳われています。でも、具体的にどうするのか、方法の確立は、これからの作業です。
林業の人たちは、自分たちがどんなに頑張っているかということを積極的に語るべきだと思います。「苦しいから何とかしてほしい」というのではなく、「こういう目的の森づくりに努力していて、それにはこれだけ費用がかかる。ただ、これだけ費用が足りないので実現できていない」ということを、目に見える形で説明するのです。そして、市民から「私たちにできることはありませんか」と言ってもらうような関係をつくるのです。そのためには、彼らと意志を通わせるための共通の言葉が必要です。
彼らは、林業の状況を理解することも、少しずつならお金を負担することもできる人たち。森林や自然の大切さを理解していて、自分たちに何ができるか、ということも、根底においてはわかっている人たちです。ただ、だからといって、それに甘えてもいけない。手間ヒマかけて育てたからといって、その木材が高くていい、という話ではないと思います。いっしょに森をつくり、地域の環境をつくるためのサポートを――たとえば環境コストの負担という形で――引き出すということが大切なのです。

■8.環境と産業、環境と人の営みを包括できる森林へ――。
静岡市には、「森林環境基金」というものがあります。日本選手権競輪の収益金と電気事業経営記念基金、記念コンサートの収益金や市民の寄付金などで運営され、森林整備や啓蒙活動などの費用にあてられています。非常に有効な体制整備ですが、もう少し言えば、一般市民(たとえば競輪場に来る人たち)に、自分たちが払ったお金が森林に使われている、という説明を積極的にするといいと思っています。環境コストを負担する人が、きちんと納得し、払いたいと思えるような気持ちの形成、関係づくりが大事だからです。そして、そういう現実の取り組みを行う時の後ろ盾、道筋をつくる役割を、新しい森林・林業基本法が担う、という関係になっていけばいいと思います。
今回の法改正では、森林計画における市町村の権限、責任ともに、非常に大きくなりました。これは、流れとしては間違いではないと思います。つくる側と使う側が連携して地域の森林に関わっていくためには、地域の独自性が発揮されてしかるべきだからです。ただ、その計画を実行し、監査するだけの人材や体制があるか、という問題は残ります。財政的にも負担は増えるでしょう。今後に残された問題のひとつだと思います。
新しい森林・林業基本法の制定は、森林と人との関係をもういちど問い直す機会だと思います。かつて、経済の論理を優先させて立ち行かなくなった教訓を思い返し、私たち自身も自然の一部として、自然と共に生きる方法を考えなくてはいけない。そういう時期にきたのだと思います。この転機を生かして、豊かな森林環境を、その環境と両立する形の林業を、次の世代へ残していかなければならないと思います。

※森林の流域管理システム
『森林法』の改正にともなって導入された。『森林法』は、森林計画、林地開発許可、保安林などの制度によって森林の保続培養と森林生産力の増進を図ることを目的とした法律で、『森林・林業基本法』『森林組合法』とあわせて「林野三法」と総称される。


[小嶋睦雄]
1944年東京都生まれ。静岡大学農学部助手、助教授を経て1992年より現職。農学博士。専門は森林共生学。
主な著書(共著)に、『製材読本』(日本林業調査会)、『ニューフォレスターガイド』(全林協)、『新原則時代の協同組合』(家の光協会)など。