■第24号(2001.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

ミクロの視点が、森林の世界観を変える。

三重大学 教授 船岡正光(談)


1.森林は、化石資源のルーツであったこと。
2.目に見える「木材」の世界から、目に見えない「分子」の世界へ。
3.未利用の素材、「リグニン」の大きな可能性。
4.ヒントは自然の中から。世界初「相分離システム」の完成。
5.木は、炭素循環の起点であるということ。
6.新しい素材に、自然界の「循環」と「時間」を設計する。
7.分子レベルで半永久的にリサイクル。新素材「りぐぱる」の誕生。
8.森林資源を起点に循環する、「植物系分子素材工業」の確立へ。



人間にとって、かけがえのない環境であり、木材や紙といった資源の源である森林。その森林を舞台に、究極のリサイクル素材が誕生しました。愛称は、「りぐぱる」。それは、木が本来持っている計り知れない可能性を指し示す、画期的な成果です。さらにそこからは、化石資源の枯渇や、地球温暖化などの問題までを包括した、自然界の大きな資源循環が見えてきます。鍵となるのは、分子のレベルで見つめる、ミクロの視点でした。

■1.森林は、化石資源のルーツであったこと。
コンピュータや携帯電話、テレビにエアコン…。現代の私たちの生活は、科学技術が生み出した様々な製品に囲まれています。もはや、それなしでは成り立たないほど暮らしの中に深く根を下ろしているこれらの製品、その原料の多くは、石油や石炭などの化石資源です。
しかし、人間が大量に汲み上げて消費しつづけた結果、化石資源は、遠くない将来――一説には50年のうちにも――枯渇してしまうと予想されています。石油や石炭が全く使えなくなったら、コンピュータや携帯電話はもちろん、プラスチックも、洗剤も、様々な繊維も、私たちの暮らしからなくなるのでしょうか。私たちはもう一度、産業革命以前の木と紙の生活に戻るのでしょうか。
石油や石炭に代わる資源は、実は、身近なところに存在します。数千万年という時間を経て、石油や石炭につながっているもの、それらの原料となっているもの――森林資源です。

■2.目に見える「木材」の世界から、目に見えない「分子」の世界へ。
「石油」の原料は太古の「森林」だった――。だれもが知っているけれど、実際にコンピュータや携帯電話の原料として「木」を思い浮かべることは簡単ではないかもしれません。
それは、木を、目に見える「木材」としてしかとらえていないところに原因があります。「石油」と「木」を同列に並べて考えるためには、視点を変えて、ミクロの、分子のレベルで、その成り立ちを見つめてみることが必要になります。
分子レベルで見てみると、木は、炭水化物(セルロースとヘミセルロース)と、「リグニン」という有機物、この2種類の物質の集合体です。これらを合成化学の素材として使えば、現代の技術で考えても、石油から生まれる物質の95%を導くことができるのです。特に、木の中に30%も含まれている「リグニン」は、石油と同じ分子構造を含んでおり、とても有用な素材であるといわれてきました(しかし、実際には利用できていなかった。このことについては後述します)。
石油は、当初から合成化学の世界で精密に扱われてきました。まず、原油を構成する物質の沸点の違いを利用して、灯油や軽油、LPGやナフサなどに分離します。ナフサからはガソリンをつくるほか、エチレンやプロピレン、ブタジエンといった成分を取り出し、プラスチックや合成繊維の原料にします。いちばん最後に残るアスファルトも、道路の舗装材として使われています。つまり、石油化学工業においては、石油は分子のレベルで細かく分類され、それぞれの性質に応じて取り出され、利用されてきたのです。木が、多くの場合、立木から木材へ、さらに家や家具へ…というように、(いちども分子の世界を経由しないまま)目に見える形状のみを変えて加工され、利用されてきたのとは大きく異なります。
木と石油の扱いがこれほど違うのには、理由があります。
ひとつには、研究や利用をする上での分野が異なるということ。木を扱うのは、学問分野では農学であり、国の管轄としては農林水産省です。一方、石油は工学の研究分野であり、管轄は通産省(現経済産業省)。木と石油をひとつながりのものとして考えるシステムが確立していなかったのです。
もうひとつは、木が非常に複雑な分子構造を持っているために、分解されにくい性質を持っていること。法隆寺などの木造建築が、千数百年間も朽ちることなく建ち続けているのは、その証明です。木を構成する物質もわかっているし(炭水化物とリグニン)、木の分子構造もわかっている。にもかかわらず、人間のこれまでの技術では、木を完全に分解して利用するということができずにいたのです。石油を使うということは、自然界が何千万年もかけて分解してくれた木の成分を使うということです。すなわち、人間は、困難な分解のプロセスを自然に頼って木質資源を利用していた、ということになります。

■3.未利用の素材、「リグニン」の大きな可能性。
先ほど、現代の技術では木を分解することができなかったと述べました。では、実際に木を構成する物質を使った技術がまったくないかというと、そうではありません。炭水化物(セルロースとヘミセルロース)を利用する技術は昔からありました。
代表的なものが紙です。
紙パルプ工業では、細かく砕いた木材のチップにアルカリを加えて高温高圧をかけ、炭水化物の繊維(いわゆる「パルプ」)を取り出して利用しています。
あるいは、アルコール発酵や医薬品製造などの分野でも、木の炭水化物をさらに分解し、糖を取り出して利用しています。問題は、炭水化物を取り出した後に残っているはずのリグニンです。この利用法が全く確立されていなかったのです。
木の中に含まれる天然のリグニンは、多くの分子が三次元的に結合した、非常に複雑な分子構造を持っています。分子のつながりかたに規則性がなく、細胞の中で炭水化物の繊維と複合的に絡み合っているため、分解して取り出すことが非常に難しいのです(それで、炭水化物を取り出す時には、炭水化物に絡みついたリグニンを強引に取り除く、という処理が行われているのです)。
リグニンは、前述したように、木の中に30%も含まれている上に、分子構造の中に石油と同様のものを持っており、取り出して使うことができれば資源として大変有用であろう、ということは研究者なら誰でも知っています。しかし、百年以上も前から研究され続けてきたのに、実際の利用に成功した例はありませんでした。紙パルプ工業で炭水化物を取り出した後に残ったリグニンは、分子構造が大きく変性してしまい、それ以上分解したり他のものに応用することができない状態になっています。「クラフトリグニン」と呼ばれるこの物質は、廃棄物として捨てられるか、せいぜい燃焼して、生まれた熱をエネルギーとして工場内で利用するという道しか残されていなかったのです。

■4.ヒントは自然の中から。世界初「相分離システム」の完成。
では、人間が利用できるずにいるリグニンは、もともとはどんな働きをしているのでしょうか。
リグニンは、木の細胞の中で、炭水化物の周りに充填され、細胞どうしを強固に接着し、炭水化物をコーティングすることで微生物や水から守ったりしています。草と木の違い――硬度や耐久性――をもたらしているのがリグニンです。木の船が何十年も水の中で腐らず、法隆寺が千数百年も建っているのは、炭水化物を腐食や分解から守っているリグニンのおかげなのです。
一般的な紙とちがってリグニンを含む新聞紙は、一週間放置すると、黄色く変色します。これは、リグニンの反応によるものです(リグニンを含まないコピー用紙は一週間では変色しません)。
木の内部の細胞は、木である間は外気にも光にも触れることはありません。それが「新聞紙になった」ことは、大きな環境の変化です。リグニンは、これに対応して分子構造を変化させます。つまり、環境変化によって細胞内に新たに生まれたストレスを、速やかに解放したのです。動くことのできない木が、何百年、何千年も同じ場所で生きつづけるための環境適応の知恵――その機能を、リグニンが担っているのです。
この性質を分子構造の視点から見ると、リグニンの中には、非常に変化しやすい場所――活性な場所があるということになります。こうしたリグニンの特性を認識した上で、これまでのアプローチを見つめなおしてみると、紙パルプ工業などにおいて、炭水化物を取り出すために行っていた処理――アルカリや酸の刺激と高温高圧――は、リグニンの「環境の変化に対応しやすい」性質にとっては、刺激が強すぎた。リグニンは変化する力を使い果たし、応用のできない形になってしまったいたのです。
炭水化物を主人公にして、邪魔なもの(=リグニン)を取り除くという発想そのまのが、リグニンを取り出すことを困難にしていたのではないか。自然の成り立ちをよく見つめ、その意味を読み解くことで、私は大切なヒントを得ました。変化しやすいリグニンを守りながら炭水化物を取り出す「相分離システム」は、ここから完成に至ったのです。先に細胞の内部でリグニンを他の物質で包んでしまうことによって一種のバリアをつくり、リグニン本来の分子構造を守りながら炭水化物を取り出すことで、世界で初めて、リグニンも炭水化物も、それぞれの性質を傷つけることなく、しかも使いやすい形で取り出すことに成功したのです。

■5.木は、炭素循環の起点であるということ。
長い間追い求めてきたリグニンの分離は成功しました。しかし、取り出したリグニンを利用するにあたって、解決しておかなければならない、大変重要なことがあります。
それは、この物質をいかに循環させるか、ということです。
現代の人間社会は、環境に関する重大な問題を数多く抱えています。冒頭に述べた資源の枯渇、CO濃度が上がることによる地球温暖化、あるいはゴミ問題など、数えればきりがありませんが、ここで共通するファクターのひとつが、「循環」とそれに要する「時間」です。
リグニンも炭水化物も一種の炭素資源(有機資源)ですが、この炭素資源は、石油や石炭のように隔離されているものを除けば、食物連鎖のシステムを通して生物の間を循環しています。植物が光合成によって気体のCOから固体の炭水化物を合成し、それを草食動物が食べ、さらに肉食動物が食べ…というふうに、生物間を移動しながら、やがてまたCOへと戻っていくのです。
自然界の物質は、放っておくと、どんどん自由度の高い方へ動いていくのが原則ですから、循環する間の大半は固体か液体である炭素も、ゆるやかに気体にCOへと変化しています。この循環の中で、気体を再び固体へと戻せるのは、唯一、植物だけです。つまり、植物は炭素循環の起点となって、その後に連なる炭素循環を成立させているのです。
木の場合、そうやって固定した炭素は、その後何十年、何百年という長い間、「木」という形を保っています。その後、ゆっくりと分解され、後に連なる長い長い炭素循環が始まります。木を利用してつくったものを一度使っただけで焼却処分する(固定されていた炭素を気化する)ということは、何百年、何千年という時間をかけて行われるはずだった自然界の循環のプロセスを、一足飛びに飛び越えてしまうことです(石油や石炭の場合は、人間が見つけなれければ、そのまま地下に隔離されていたはずの炭素を気化させていることになります)。炭素の気体と固体のバランスが崩れてCOの濃度が高くなり、その結果として地球が温暖化するのも、ある意味では当然の結果といえるでしょう。

■6.新しい素材に、自然界の「循環」と「時間」を設計する。
生み出すスピードを上回るスピードで使うから資源が枯渇する。循環しない素材を使ったり、分解に必要な時間を上回るスピードで廃棄物が出るからゴミがたまる。人間の社会が現在かかえている問題を解決するには、まず、自然界をお手本に、行き詰まらないシステムをつくること、そのためには物質をきちんと循環させ、なおかつ、循環のためにかかる「時間」をあらかじめ見込んでおくことが必要です。
せっかく取り出したリグニンも、それを一度使っただけで処分するとすれば、同じ失敗を繰り返すことになります。自然界で、木が分解されCOになるのに本来必要だった「時間」を、リサイクルを繰り返すことで生み出さなければなりません。物質を循環させていくために、自然界が行っていること。それは、分子レベルでの再構築です。自然界では、目に見えるものから目に見えるものへと変換するということはありません。かならず、いったん分子に解体して、不必要な構造を排除して、もういちど精密に組みなおして、まったく別の何かをつくっています。
私たちはこれまで、「木材」のリサイクルを考える時、細かく砕いて接着剤を混ぜ、「リサイクルボード」なるものをつくる、といったことをしてきました。一度も分子の世界に行かないまま、次の素材をつくろうとしていたのです。しかし、いったん接着剤と混合してしまった木材は、分離するのが非常に困難になってしまい、そこで行き詰まってします。循環しないのです。
そうした考えのもとに、取り出したリグニンに、分子の結合を操作できる設計を汲み込みました。たとえば、ある操作をすると分子内の結合が切れる。ある物質と反応させると連結する、というように。これで、リグニンを使ってつくる物質に、用途にあわせて硬度や柔軟性など様々な特性を持たせることができる上、不要になったときには分子内の結合をほどいて分解し、次の素材へと、分子レベルのリサイクルができるようになるのです。

■7.分子レベルで半永久的にリサイクル。新素材「りぐぱる」の誕生。
この設計を生かしてつくった物質のひとつの例が、リグノフェノール・ファイバー成型体―愛称「りぐぱる」―です。
外見は、木の板にそっくりです。
原料は、木の中のリグニンをもとに、「相分離システム」により誘導した新しいリグニン素材(リグノフェノール)と、パルプなど、炭水化物の繊維(ファイバー)―つまり、もともと木の構成素材であるリグニンと炭水化物です。
「りぐぱる」は、リグノフェノールを溶かす溶液に浸せば、いつでも元のリグノフェノールと繊維に(つまり、リグニンと炭水化物に)分けることができ、この合成と分解は、何度も繰り返すことができます。しかも、この操作には熱も圧力も必要ありません。小さい繊維細胞でできたファイバーを成型するわけですから、球体でも曲面でも、自由につくることができます。ファイバーの物理的な構造(密度など)を変えたり、リグニンの性質に働きかける別の物質を添加することで、できあがる「りぐぱる」の硬度や柔軟性、吸水性などの性質を自由に調整することも可能です。しかも、合成接着剤などは一切使っていませんから、土に埋めておけば自然の力で分解し、その後リグニンは形を変えながら土の中で植物の栄養素の固定化などに対して重要な働きをします。つまり、自然の循環システムの中に戻せるということです。
「りぐぱる」を使えば、何か(例えば机)をつくり、それが不要になったら、いったんリグニンとファイバーに分離し、もう一度別の何か(例えば床板)にすることもできます。さらに、木質素材として使わない場合は、リグニンと炭水化物に分けて、それぞれ次の用途へとリサイクルしていけばいいのです。

■8.森林資源を起点に循環する、「植物系分子素材工業」の確立へ。
木からリグニンを取り出すことが可能になり、木を構成する素材から石油に代わる物質が得られる。しかも、その物質は、繰り返しさまざまな素材へとリサイクルできる。――このシステムが確立すれば、森林は、木材はもちろん、様々な素材の原料を生み出す場、フローの原点として再認識されることになります。木を起点として、あらゆる素材を生み出していく、この分野を、「植物系分子素材工業」と呼びたいと思います。これまでの石油化学工業の技術を使いながら、限り有る化石資源に頼ることなく素材を供給でき、しかも、リサイクルを繰り返すことでCOの発生も自然のレベルに近づけていける、そんな産業です。
ここで、大変重要なこと、私たちがしっかり認識しておかなければならないことは、「植物系分子素材工業」は、決して、木材工業と競合するところに位置付けてはいけない、ということです。現在、木材を使ってつくっているものは、そのまま木材でつくればいい。その過程で生まれる木質廃棄物――間伐材や、建築用材の端材、木材製品の廃棄物など――が、植物系分子素材工業の原料です。現在は捨てられているこれらの素材を、他の物質の原料として利用し、フローさせていくのです。
現在、山にお金を払って原料を求めているのは、木材工業と紙パルプ工業くらいです。森林に、「木材と紙の生産の現場」という意味しか与えない限り、森林や林業の活性化には厳しい状況が続くのではないかと思います。しかし、現在石油から得ている資源が、山から得られる――山からしか得られない、ということになれば、森林に対する社会の認識は大きく変わらざるを得ないでしょう。そのような方向からの活性化も、大変重要だと思います。
現在、三重大学の中のテストプラントで、国と民間企業と私たちの研究機関が共同して、この研究を実用化するためのデータ収集をしています。新しい技術と素材が社会に出たとき、自然のシステムにのっとったフローが築けるように、慎重に研究を進めています。


[船岡正光]
1950年京都市生まれ。三重大学助手、助教授を経て1997年より現職。ミシガン工科大学客員教授、ニューヨーク州立大学客員教授を歴任。農学博士。専門は資源環境化学。1996年、「相分離システム」を核とする森林資源の高度活用に対し、合成樹脂工業協会よりIOT賞を受賞。
主な著書に、『夢ある未来の鍵は木―分子レベルのリサイクル―』(森の風プロジェクト)、『森林とリサイクル』(国土社)、『ウッドケミカルスの最新技術』(シーエムシー)など。