■第23号(2001.4発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

「近くの山の木で家をつくる運動」が、
新しい林業の世紀を指し示す。


筑波大学名誉教授、
      緑の列島ネットワーク共同代表・理事 熊崎 実(談)



1.それは、林業の抱える問題に、新たな光をあてる試み。
2.日本の山の木は、出口を求めている。
3.まず、山と町とが同じ認識を共有すること。
4.林業の枠を越えた、全体的なシステムづくりが必要。
5.活発なコミュニケーションを始めよう。
6.認識と知識の共有化こそが、「ネットワーク」の役割。
7.この追い風を、山のために。



2000年11月、特定非営利活動法人(NPO法人)「緑の列島ネットワーク」が一冊の本を出版しました。タイトルは、『近くの山の木で家をつくる運動宣言』。それは、木を育てる「山」と、それを消費する「町」とを、全国を横断するかたちで結ぶ、新しい運動の誕生でした。趣旨に賛同して「呼びかけ人」となった人たちは、422人。林業家はもちろん、全国の建築家や研究者、ジャーナリスト、政治家、アーティストなどが名を連ねました。この大規模な運動の意味を、山の側、林業の側から、見つめてみたいと思います。

■1.それは、林業の抱える問題に、新たな光をあてる試み。
2000年4月、全国で木材建築に取り組んでいた建築家の人たちを中心に、ひとつのネットワークが生まれました。日本の山が荒れ、林業が衰退すれば、日本の木造建築の文化は成り立たない。発端となったのは、そうした危機感です。
「緑の列島ネットワーク(以下、「ネットワーク」)」―――それは、この豊かな緑に覆われた日本列島で森林が育んできたものを、環境や文化、歴史、経済活動までをも含めて考え、問題の解決に向けた活動をするための組織です。私も、日本の山と林業を何とか活性化させたいという思いを抱いて、山の側、林業の側から参加しました。
中心となる活動は、「近くの山の木で家をつくる運動(以下、「運動」)」です。
近くの山の木で家をつくる―――すなわち、(地域の)国産材を使って家づくりをすること。それは、家づくりを通して、地域の、日本の環境について考えることであり、山を育てながらよりよい暮らしのあり方を考えることです。木材の生産者と消費者(「ネットワーク」の中では「山」と「町」と表現していますが)の相互理解をはかり、適正な消費のシステムをつくることで日本の森林(山)と日本の林業を活性化させる運動だとも言えます。「家づくり」という具体的な消費の形を用意することで、木材の生産と消費の循環を生み出そうとしているのです。

■2.日本の山の木は、出口を求めている。
この30年ほどの間に、日本の林業をめぐる状況は、深刻化の一途をたどってきました。国産材は、需要、価格ともに落ち込み、たとえばスギの立木価格は40年前の水準に逆戻りしています。林業は経済的苦境にあえぎ、山は手入れをされないことで荒れています。
日本の人工林では、間伐をしながら良質の材にしていく前提で、1ヘクタールに3000本か、あるいはそれ以上の密植をしています。最終的に600本程度にして主伐を行うまで、数十年にわたって人手をかけ続けなければなりません。しかし、労働人口が減って間伐をする人手がない、間伐をしても安い価格でしか売れないので、山から運び出す費用はもとより、間伐のための人件費も出ません。伐れば赤字、運べば赤字、という状況の中で、半ば手入れを放棄した山林があちこちに散見するようになりました。
日本の森林は年々成長を続けているのに、国産材は消費されず、伐期を迎えた木が伐られずに放置されています。
日本の山は、木の出口を求めています。林業にとって、日本の山にとって、適正な価格で継続的に木材が消費されること、消費と生産とが循環していくことが、何よりも必要なのです。

■3.まず、山と町とが同じ認識を共有すること。
「ネットワーク」の、社会に対する最初の具体的活動となったのが、昨年暮れの『近くの山の木で家をつくる運動 宣言』という本の出版でした。この本では、様々な視点から、山と、林業と、町の消費者に対する提言を行っています。
環境の視点から見た山の意味、木造建築と日本の文化、日本の林業の歴史、林業の現状や目指すべき方向など、その内容は多岐にわたります。編集にあたっては、できるだけ偏りのない立場で、山と町、それぞれに対する問題点の指摘も行いました。活動を始めるにあたって、山も、町も、同じ認識を共有する必要があったからです。
山の側にとっては厳しい内容も含まれています。たとえば、木材の取引の中では、節のない「無節」や木肌の美しい「赤身」など、外見の良し悪しによって優良材とそれ以外が区別されるなど、旧来の伝統的な方法が重要視され続けていること。実際の消費者のニーズが、むしろ木材の性能の部分に移行してきているにもかかわらず、木材の強度や乾燥度、耐久性などといった性能によって品質を管理し、表示するといった方法への転換を行ってこなかったこと…など。
しかし、こうした内容は、決して現状を糾弾するためのものではありません。大切なのは、その状況を山と町とが同時に認識し、情報を共有しながら、共に解決策を見出していくことです。

■4.林業の枠を越えた、全体的なシステムづくりが必要。
「山」と「町」とが、手を携えて問題解決をする―――それは、林業の枠を越え、他の産業分野とも交流しながら、全体として機能するシステムをつくることです。私は、ここ何年か、木質バイオマスのエネルギー利用を拡げることに力を入れてきましたが、そのルーツには同じ思いがあります。
バイオマスエネルギーとは、木材や動物の排泄物などの有機物(=バイオマス)から得られるエネルギーのことです。欧米では、石油ショック後、化石燃料に変わるエネルギー源として急速に研究開発が進み、熱や電気、輸送燃料として様々な用途に利用するシステムが確立しつつあります。スウェーデンでは既に第一次エネルギーの2割をバイオマスエネルギーが担っているほどです。
このエネルギーシステムの最も大きなメリットは、石油や石炭などの化石燃料と異なり、燃料が再生可能であるという点です。厳密に言えば化石燃料も再生するのですが、何千万年という時間がかかっては生物レベルでの再生とは言えません。一方、木は、伐採した後に植林をしていけば、数十年後には確実に再生する。特に、化石燃料資源の乏しい日本にとっては、計画的に自給できる数少ないエネルギー源だといえるのです。燃やして放出したCOも、次の世代の木が成長過程の光合成で固定しますから、その循環が出来さえすれば、大気中のCO量を増やす心配もありません(木がカーボンニュートラルな資源だといわれる理由がそこにあります)。
エネルギー資源の少ない日本にも、木材は豊かにある。そして、再生できる。バイオマスエネルギーのシステムが定着し、広がれば、新たな木材の用途が生まれ、消費の循環を後押しすることにつながるでしょう。
もちろん、すべての木材を燃焼するわけではありません。バイオマスエネルギーは、家をつくるための木材利用と補完関係をつくることができるのです。
木材の利用には、「カスケード利用」という考え方があります。段階的な利用、というほどの意味です。木材のいちばん質のよい部分は柱などの建築用構造材として利用します。少し質の落ちるものは集成材やボード類に加工すればよい。段階的に材として使えるものをすべて利用したあと、いちばん最後に残ったものを燃料に向け、得られたエネルギーで木材を乾燥させ、付加価値をつける。余った電力は外部に販売する。ここまでをシステム化し、一本の木を残さず利用することでそれぞれが経済的価値を生めば、代価として山に還元されるものも、少なくとも今よりは大きくできる可能性があるのです。

■5.活発なコミュニケーションを始めよう。
今回の運動が、建築家の人たちの間から起こったこと、木材の流れの、いわば川下側から起こった運動だということを、我々山の側の人間は深く受けとめる必要があると思います。
ここ30年あまりの間、木を生産する山の側と消費する町の間で活発なコミュニケーションがはかられていたとは、残念ながら言えません。
1960年代から70年代にかけて、木材の需要が激増し、価格も非常に高くなった時代がありました。木を伐って出せば、どんどん売れた時代です。その時代に、日本の林業の品質管理はある意味で基準を失いました。
よく言われたのは、乾燥の問題です。伐ったばかりの木は、大量の水分を含んでおり、乾燥せずに使うと、数ヶ月後にはヒビが入ったり歪んだり反ったりします。これを避けるために、伐採してから使われるまでの間にきちんと水分量を減らしておくことは、木材を商品化する際の大前提のはずでした。ところが、その時代には伐ってすぐの生木でも売れたものだから、それを商品として出してしまった。あるいは、規格どおりの寸法を満たしていない材が売られることもありました。
これを買った町の側の人たち、主に工務店の人たちが、国産材は危なくて買えない、と言い出したのも、経済活動の中では無理のない話です。建てた家に狂いが出てしまえば、それは仕事の信用にかかわる問題です。外材の購入が盛んになったのは、(円高による価格力が後押ししたことも大きな要因だったとはいえ)確かな品質やそろった規格の材を求めた部分も大きかったのです。
国産材の価格が下がって外材と変わらなくなり、むしろ安い価格になっても、なお国産材が消費されない背景には、そうした過去の事実が大きな影響を与えたということは、きちんと把握しておかなければなりません。
もちろん、山の側も、きちんとした仕事をしている人が大半だったでしょう。にもかかわらず消費が外材へ流れ、国産材が売れないことについては、町の消費者には日本の山を育てる気持ちがないのではないか、という思いを抱いたのかもしれません。つまり、山と町との関係の根底には、ある種の不信感のようなものがあっただろうと思います。
しかし、山の木は、それを消費する町の人々がいなくては出口は見つかりませんし、国産の木で家を建てたいと思う人にとっても、品質のよい木材を育てる林業家がいなくては、思いがかないません。本当は、お互いの求めるところは共通点がたくさんあるはずなのです。

■6.認識と知識の共有化こそが、「ネットワーク」の役割。
「ネットワーク」が果たす役割のひとつは、そこです。
国産材が使われるようになるには、「国産材の商品力を高めるために何をすべきか」を考えることが重要です。現在、山の側が市場のニーズを把握する体制は、整っているとは言えないからです。
国産材を使うにあたって、町の側からは、乾燥や強度について、求める品質や材の種類について、様々な意見を出す。商品のニーズについての情報を積極的に山に提供するわけです。山の側も、それに耳を傾け、ニーズに応える商品を提供するために何をすべきか、具体的に考える。そうした川上と川下のコミュニケーションの仲立ちをし、、情報の共有化を促進していく、そんな役割が必要なのです。
さらに、たとえば木材の品質や木造建築の技術などに、ある程度の全国共通のコンセンサスをつくることも、将来的な「ネットワーク」の仕事になるでしょう。国産材で家を建てたい人が、どこに住んでいようと安心して家を建てられるように、あるいは、質のよい木材を出す用意のある林業家がきちんと消費者を見つけられるように、両者を橋渡しする役割も必要です。必要な専門知識をきちんと行き渡らせるためのセミナー開催や書籍の出版なども計画しています。

■7.この追い風を、山のために。
町の側から出せれるであろう様々なニーズを、すぐに満たせるだけの余力は、今の山にはないかもしれません。森林を維持するだけで精一杯の個々の森林所有者が、遠い未来のビジョンを追及する余裕などないというのが実情でしょう。
であれば、地域で森林を管理する、というような考え方も必要になってくるかもしれません。森林管理の専門家が所有者から森林を預かって、小規模な私有林をまとめて管理していく、というようなシステムづくりができれば、計画的な森林経営もずっとやりやすくなるはずです。
この「ネットワーク」の運動は、人々の目が日本の森林に注がれ始めたことの確かな証です。日本の社会は、山を、森林を、きちんと評価し、きちんと活かしていこうという方向に動いている。我々山の側でも、これをチャンスと捉え、きちんと活かしていかなければならないと思います。
2001年4月、私が学長を勤める「岐阜県立森林文化アカデミー」が開学しました。ここでも、森林資源をどう生かし、林業をどのようにして活性化するか、地域の問題として取り組んでいくつもりです。
新しいシステムをつくりあげるためには、苦痛が伴います。今は、その苦しい時期なのだと思います。しかし、社会の風向きは、山にとって、林業にとって、少しずつ追い風になってきています。様々な立場の人たちと協力しながら、この転換期を乗りきり、21世紀を新しい木材の世紀にしなければならないと考えています。


[熊崎 実]
1935年生まれ。農林水産省林業試験場(現森林総合研究所)を経て、1999年まで筑波大学農林学系教授。2001年4月より、岐阜県に開学した岐阜県立森林文化アカデミー学長。
主な著書に、『木質バイオマス発電への期待』など。


特定非営利活動法人(NPO法人)と「緑の列島ネットワーク」の誕生。
「緑の列島ネットワーク」は、特定非営利活動法人(NPO法人)として設立されました。NPOとはNon-Profit Organizaition=非営利組織の意。特定非営利活動法人とは、「特定非営利活動促進法(NPO法)」に基づいて法人格を得た公益団体です。企業や政府から独立していること、活動によって得た利益を役員や会員に分配せず、再び公益的活動に利用することなどが定められており、偏った利益を追求することなく、公共のための活動を行う組織、という言い方ができます。NPO法人には、小規模のボランティア団体もある一方で、日本相撲協会や臓器移植ネットワーク、IOC(国際オリンピック委員会)などといった、大規模の、あるいは国際的な組織も数多く存在します。
「緑の列島ネットワーク」がめざすのは、「山の資源の循環的な活用を通した、健全な自然環境と地域経済の再興」であり、そのための核となる活動が「近くの山の木で家をつくる運動」です。
ネットワークの共同代表・理事のお一人であり、設立メンバーでもある建築家の長谷川敬さんにお話をうかがいました。
「ここ数年の間に、家を建てる側の人たちの木の家がほしいという声が大変高くなってきています。それは設計の相談を受けていてもひしひしと感じるし、住宅雑誌などを見ても明らかです。しかし、材木を産出する山に目を向けると、山林経営の経済的な行き詰まりや、山自体の荒廃等々問題山積で、なかなか材の品質さえ整わない。『木で家をつくる』ということは、そうした問題のすべてを含んでいます。かつては、家づくりを通して木を育てる山とそれを消費する町とは、循環の関係で結びついていました。そういう関係を復活させること、『山を育てるような木の家をつくる』という発想が是非とも必要です。そのために、これからは山の側と町の側が共同で問題を解決していかなければなりません」
2000年4月、長谷川さん、熊崎さんを含めた13人の理事を中心に、「緑の列島ネットワーク」が設立され、趣旨に賛同する人々を募りました。2000年11月に出版した「近くの山の木で家をつくる運動 宣言」の末尾には、その呼びかけに応じた422人の名前が、さらに多くの人に向けての「呼びかけ人」として掲載されています。
2001年の元旦には、朝日新聞に2ページにわたる意見広告が掲載されました。
本を通した呼びかけに応えた2300人近くの人々が名前を連ね、「緑の列島ネットワーク」の運動の主旨を広く一般に向けてアピールしました。これら一連の活動は、その規模の大きさと、アピール方法の大胆さで、見る人に強い印象を与えました。
「近くの山の木で家をつくる。この運動自体は、草の根運動として各地で起こっています。基本的には、家をつくる人とそこに住む人、材料となる木を育てたり加工する人が、それぞれの場所で、それぞれの家づくりを通して、互いに顔の見える関係をつくっていくことが大切だと考えています。」
長谷川さんご自身も、「東京の木で家をつくる会」の設立に加わり、代表として活動を続けてきました。
「これから、山や林業の活性化までを含めた家づくりを実行するにあたって、共有すべき情報を広く交流したり、一般の消費者や行政に働きかけて地域の活動を支援するためには、全国規模の、しかも、中立の立場の組織が必要だと思います。地域の環境や林業と、家づくりとを偏りない立場で考え、結びつける活動は、NPO法人だからできることだと考えています」
新聞広告には大きな反響があり、本も初版の2万部が完売しました。今後は、さらに多くの人々の支援を仰ぎ、セミナーの開催や本の出版などを通して引き続き情報提供を行うほか、政策提言などを通した行政機関への働きかけなども視野に入れた活動を行います。
「環境問題についての知識や考え方は以前にくらべて随分浸透しましたし、たとえば健康のことを考えるのにも地球環境との結びつきに目を向けるようになるなど、消費者の人々にも現状に対する危機感がある。こうした機運を、健康な家づくりと地域の山の林業の活性化につなげ、豊かな環境をつくれるようなシステムをつくっていきたいと考えています。」