■第18号(1998.10発行) 特集:日本人が森に学ぶこと。

林業の明日を「里山」にさぐる。

中央森林審議会会長・山形大学名誉教授 北村昌美(談)


1.『里山』の存在は、昔から。命名は、最近になってから
2.農業の衰退、林業の後退。社会の工業化とともに、
  荒廃していった『里山』。

3.ヨーロッパには『里山』的なものを忘れない生活文化がある。
4.「里山の哲学(理念)」の空白を突いたゴルフ場。
5.里山――森林の現代的意義は、「公益」。
6.個人で「持つ森林」から、皆で「使う森林」へ。
  その試みをまずは里山で。

7.甦る里山。そこは、プロとアマの交流のステージ。
8.プロとしての誇りが次代の林業を育てる。



森林は、単なる「自然物」としてのみ存在しているのではなく、それぞれの風土の中で、人間と自然との交流――共同によって創りあげられてきた「文化的創造物」であると考えます。そういう意味では、人里近くにあって、人々の生活に密着してきた『里山』は、まさに我々日本人固有の「文化的創造物」であると言えそうです。今回は、遠い山――「奥山」から視線を少し下げて、近い山――『里山』について考察することで、森林の、林業の新しい可能性について考えてみたいと思います。

■1.『里山』の存在は、昔から。命名は、最近になってから
『里山』という言葉の発生は、それほど古いものではありません。
ちなみに、森林生態学者の四手井網英さんによれば、「『里山』とういう用語は私の造語だったらしい。(中略)最初に使ったのは、(中略)農家の裏山の丘陵か低山地帯の森林を『里山』と呼んだ」とあります。
「里山」の言葉が記載されている辞書もまだ多くはありません。広辞苑には記載がなく、日本語大辞典にも「人里近くにある山」と簡単な記述のみ。大辞林にはもう少し詳しく、「集落の近くにあり、かつては薪炭用木材や山菜などを採取していた、人と関わりのふかい森林」とありますが・・・・。
けれども、何も改めて定義せずとも、里山は「ふるさとの山」として私たち日本人の心の原風景に刻み込まれてきたことに、異論を挟む余地はないでしょう。童謡"ふるさと"の「兎追いし、かの山」の世界、それがまさに我が国固有の風景「里山」なのですから。
いずれにせよ、現在では「里山」という言葉はほとんど市民権を得たと言って良いと思いますし、これから作る新しい辞書には必ずこの言葉が詳しい説明とともに記載されることでしょう。(ちなみにこの11月に発売される広辞苑第五版には、"里山"も新しく仲間入りする予定だそうです。)

■2.農業の衰退、林業の後退。社会の工業化とともに、荒廃していった『里山』。
我が国で農耕が本格化した弥生時代以来、国の大本は「農業」でした。そして、その大本であるところの農業と深く結び付き、人々の生活の近くに寄り添ってきたのが里山である、と考えて良いと思います。具体的には、ブナやナラなどの広葉樹は薪や木炭などの燃料に、落ち葉は集められて田畑の堆肥に、あるいは山菜やキノコは食用に採取する・・・・といった具合です。
ところが、農業社会と一体の存在だった里山は、重科学工業社会の到来という転機を迎え、大きくその運命を変えていくことになります。
昭和30年代――経済企画庁が「もはや戦後ではない」という有名な言葉を経済白書に発表したのは昭和31年でした――、この頃より日本は高度経済成長の時代に突入します。重科学工業化がすすみ、エネルギー革命が起こりました。石油燃料やプロパンガス、都市ガスが一般家庭に普及し、科学肥料が出回る・・・・。急激な時代の変化の中で、里山の落葉樹や柴材、薪炭材は無用の長物になってしまいます。「おじさんは山へ柴刈りに」行くのは、もはや昔話の中でのみ語り継がれる風景になってしまったのです。
経済的にはほぼ無価値となってしまった広葉樹の代わりに、里山では、今度は(高度経済成長時代の建築用材として、そして新たな収入源として)スギやヒノキなどの針葉樹を植える動きが活発化し始めます。ところがこのころ、北米や東南アジアから低価格の木材がどんどん入ってくるようになり、国内林業も低迷の時期に突入しています。せっかく植えた木も安い外材に押されて売れない、またそもそも針葉樹は伐り出せる状態になるまでに薪炭材としての広葉樹よりはるかに長い時間を要する・・・・。
こうして里山の暮らしは経済的に次第に厳しくなり、その結果人々は都市へと流出し、一帯は過疎化していきます。弥生時代以来営々と、人の手が継続的に入ることで維持・整備されてきた里山は、いまや放棄され、荒廃の一途をたどることになったのです。

■3.ヨーロッパには『里山』的なものを忘れない生活文化がある。
ここで私が思うのは、里山の荒廃を単に時代の流れとして片付けて良いのか、ということです。そこには、大きな国民性の問題が潜んでいるような気がします。
日本人はあまりにも急激に古いものを切り捨てすぎました。燃料革命とともにへっつい(かまど)はあっと言う間にガスコンロに姿を変え、石油ストーブも急速に普及した。(そしてこれは、いずれ枯渇する化石燃料――石油資源にのみ頼るという危なっかしい事態を生み出すことにもなりました。)
一方ヨーロッパでは、石油ストーブを使う生活とともに、薪を使う生活も残っているのです。(※)たとえば南ドイツのバーデン・ヴェルテンベルク洲では、薪オーブンや薪ストーブの購入に奨励金を出し、雑木林保全に役立てているとの報告もあります。――それにはもちろん、ドイツの厳格な森林管理システムが、巨大な樹木を育てることにのみ力を注いでいる一方で、低林が主である「農用林」はそうした厳格な規定から排除され、結果として個人個人の柔軟なやり方で雑木林の保全ができる、といった背景もからんではいるのでしょうが。
けれど、日本の農用林――里山にはそのような厳格な規定があったわけではありませんし、何より里山の林はいつも人々の生活の近くにあった。一人ひとりが「薪を使う生活(比喩的な意味も込めて)」を残そうと思えば、時代の流れ、風潮とは関係なく、いくらでもできたはずです。なのに、だれも雑木林を大事にしようとはしなかった。
要は「生活文化」だと思うのです。ヨーロッパには、いつでも薪ストーブに戻れる下地があるということなのです。石油時代になっても、それ一辺倒ではなく、たとえば自然の光を大事にし、ロウソクの灯のもとで食事をとるような、マッチ売りの少女の世界と変わらない生活文化が人々の中に残っているということなのです。
これはもう少し言えば、精神世界の問題にもつながります。キリスト教国であるヨーロッパでは、昔のいわゆる”森の神様”たちは追放されてしまったことになっていますが、それはあくまで建前で、実は住民の心の中、生活の中には古い神様たちはちゃんと生きているのです。(「ヨーロッパが全部キリスト教化した時代はいまだかつてない」とは東京大学の横山紘一教授の言葉です。)そして人々はそうした神々を媒体として、今日に至るまで山と親しんでいる。
リレハンメルオリンピックの開会式に出て来た妖精のようなもの、あれも昔の山の神様ですし、北欧フィンランドのムーミン童話に登場するのも、木の精や水の精など多くの”得体の知れない者――精霊”たち・・・・。そういった「不可解なもの」を大事にする気持ちが彼らには残っている。その結果として、ヨーロッパでは雑木林が守られてきた。
一方、日本の里山にもいろんな神様がいらっしゃったのに、ほとんど切り捨てられ、忘れられてしまった。(”なまはげ”も、もともとは大自然の遺産だったのだけれど、今では単なる年中行事になってしまいました。)それと共に里山も人々から忘れられていった・・・・。
里山の荒廃は、エネルギー革命という時代の大きなうねりの中で避けることのできない流れだったのかもしれませんが、その根っこはこうした生活文化、心の問題があると思うのです。
※編集室注:「再生の雑木林から」中川重年

■4.「里山の哲学(理念)」の空白を突いたゴルフ場。
もうひとつ忘れてはならない問題に、高度経済成長とともに始まり、つい最近、いわゆるバブルの弾けるまで連綿とつづいた「レジャー・リゾートブーム」があります。ゴルフ場の開発業者たちは胸を張って言ったものです、「過疎地である里山にゴルフ場を作ることで、雇用の機会を保証し、経済的に潤わせ、地域おこしをしたのだ。ゴルフ場ほど里山を有効に活用したものはない。」と。
こうした「お金の論理」に対抗し得る「里山の新しい論理」ができていなかったところへ、するっと隙を突いて入ってきたのがゴルフ場だ。そう、私は思っています。薪炭や肥料といった、目に見える具体的な物質を提供する、という里山の経済的な意義が薄れていったとき、それに変わる新しい評価の論理――理念が、国民的総意としてしっかりと構築されていなかった。その間隙を縫ったのが、ゴルフ場だったと思うのです。
幸か不幸か経済の破綻により、以前のようにゴルフ場が乱立していくことはないと思いますが、”経済的視点”からのみ物ごとをとらえることの脆弱さを感じてならないのです。

■5.里山――森林の現代的意義は、「公益」。
「森林の価値を経済的な尺度からのみはかることから脱却し、現代的意義の確立を。」私はかねてそう主張してきましたが、里山と人間の歴史を振り返ったいま、改めてその必要性を強く感じずにはいられません。
森林を、木材生産の場としてだけでなく、もっと違う面から評価しようと言っても、「森林は、お金に換算すると何と○○兆円にもあたる水を供給してくれるのです。」式の、経済的視点から抜け切れない論調しかなかったのが今までです。けれどもこの論理は「じゃあ、もっと安い水が出て来たらどうするんだ」という重大な落とし穴をはらんでいることに、私たちは気づかなくてはならないと思います。
もちろん、林業家の人々にとって、経済的に成り立つか否かは一番の問題でしょう。知り合いの林業家の人がこう漏らすのを聞いたことがあります。「考えてみたら、いままで林業だけで生計を立てられた時代はなかった。」と。
次のように考えてみるのも、ひとつの方法ではないでしょうか。
森林は、「公益」そのものの存在です。水源涵養、暴風・暴雪、あるいは空気の浄化、騒音の防止、レクリエーションの場やきれいな景観の提供・・・・。こうした「公益」の部分を少ない「私益」でまかなってきたのが、林業の今までなのです。相対的に非常に少ない私益で、世のため人のため、公益を含めた全経営をまかなえと言われて今までやってきた、それが日本の林業ではないでしょうか。
とすれば、公益の部分は、公益を享受する一般の人々にまかなってもらえばいいのではないか、と思うのです。
すでに、間伐作業のボランティアを募るなど、森林組合などを中心にそうした動きも多いようですが、まだまだ「自分の山なのに、人様に頼むのは申し訳ない。」とおっしゃる方が多いようです。けれども、先に述べたように、林業家の皆様が公益に奉仕してきたからこそ今日の森林もあるわけなのだから、遠慮せず、どんどん手伝ってもらったらよろしい。(もちろん、その”手伝い”のしかたは、直接に山に入るだけではなくて、さまざまな方法があると思いますし、それを探ることで林業の今後の新しい方向性も見えてくるかもしれません。)「私益の部分は自分たちでやる、だから公益の部分は都市の皆さんよろしくご協力を」――そういう考え方もあると思うのです。

■6.個人で「持つ森林」から、皆で「使う森林」へ。その試みをまずは里山で。
ここで、「公益」とういう考え方につながる、昔の「入会(いりあい)」制度について触れておきましょう。
江戸時代以前、森林を所有している者はいませんでした――「所有権」はなく、あったのは、「利用権」だけです。そしてそれが、「入会――」一定地域の住民が一定の範囲の森林・原野に入って共同利用すること」という具体的な形になっていました。入会制度のもとでは、悪いことをすれば村八分になって、山を使えない。つまり木を伐ったり炭を焼いたり山菜をとったり、ということができなくなるわけで、これは、生活の基盤が失われることになります。そうした厳しい制裁を考えると、住民たちの山の使い方も節度のあるものになったにちがいありません。
明治以降、複雑に入り組んだ入会権の法律関係は林野の高度利用の妨げになる、という考えから所有の近代化が推進され、入会権は消滅の方向へと進んでいきます。所有の近代化それ自体は特に責められることではないかもしれませんが、「公益」という考え方からいくなら、(昔のように「全山入会」にするのは無理でしょうが)「入会」の発想は新しい形で現代に活かせるのではないでしょうか。
つまり、森林は「持っている」ことに意味があるのではなく、「使う」ことに意味がある。みんなの共通のものであることに意義を見いだしたいのです。そうすると、たとえば、「”所有権”と”地上権”の分離」という発想も出てくる・・・・。現代版「入会」の試みは森林の現状の何らかの解決策になっていくと思いますし、また里山などは行政が音頭を取ってその試みをトライしていきやすいステージであると思います。

■7.甦る里山。そこは、プロとアマの交流のステージ。
時代の変革と共に荒廃を余儀なくされた里山は、ある場所は宅地やゴルフ場・スキー場になり、またある場所は放置された結果、樹齢40〜50年の伐採されないままの木が大半を占める薄暗い林になってしまい、ゴミ捨て場、犯罪がおきやすい場所とのイメージを抱かれるまでになってしまいました。
その里山が、いま、かつての「燃料林」としての存在から、都市の人々の憩いの場、レクリエーションの場として、つまり「環境財的存在」としての意義を携えて、再び現代に蘇ろうとしています。里山の「公益」の部分に地域住民皆が気づき、里山を守る運動に多くの市民がボランティアで参加しているのです。
素人のボランティアに大事な木をまかせるわけにはいかない、そんな林業家の方の声も耳にします。それも尤もだとは思います。けれど、プロとアマとでは役目は自ずから違います。
何より、アマチュアであるボランティアの人たちにとって、山に入り、木の成長を実感できるというのは、かけがえのない心理的報酬になるはずです。
簡単に言えば、木は5年も経てばびっくりするほど成長する。この、「森林は静止しているものではなく、生き生きと動き変化しているものである。」という、林業家にとっては当たり前の事実を、多くの一般の人は知らないわけです。「3年前に間伐の世話をした木が今年はこんなに大きくなっている!」という驚きは、ボランティア活動のネックとも言われる「永続性の欠如」を必ずや解消してくれると思います。
チェーンソーを使う技術とか、虫や花に関する知識とか、そうした個々の点ではもしかするとアマチュアの方が勝っている点もあるかもしれません。けれど、森林は変化する存在である、という事実を前提に、30年後、50年後、100年後のの森林のありようを読んで仕事ができるのはプロだけです。ですから、一般の人の考え及ばないところをプロが教えていく、そうしたやり方がいいと思いますし、そうしたアマとプロの接触の舞台として、里山はなかなかあっているのではないかと思います。

■8.プロとしての誇りが次代の林業を育てる。
「人間は森林の寄生虫である」――。たとえばの話、かつて人間の体内には回虫がいたから、花粉症にならない構造になっていた、ということがあるらしいのですが、回虫は最終の宿主に落ち着くと結構貢献してくれるらしいのです。つまり、人間の体にいさせてもらうかわりに、人間にいいことをして恩返しをしよう、というわけです。そう言う意味では、人間と回虫は共生している、と言えます。
人間と森林の関係も同じではないでしょうか。
人間は自然の中にいさせてもらうわけだから、宿主である自然に対して貢献するのが当然です。そして、その貢献をしているのが、ほかならぬ林業――「林業用語で言うところの「接続的経営」――であり、これはプロにしかできない一大事業なのです。それを理解すれば、林業が環境破壊だなどというバカな議論もなくなるでしょう。
林業家が、小さな私益でもって大きな公益のためにはたらいてきたこと、そしてその長年の営みが、宿主である自然への恩返しとなり、おかげで人間は自然の中にいさせてもらっていること――。これらのことを林業家は、もっと誇りに思っていいと思います。
そして、遠い山――奥山はもちろん、近い山――里山も林業のフィールドとしてとらえ、一般の人々とどんどん接触して、プロとして果たしてきた業績をアピールしていく。自分たちの中で役割を固定せずに、もっと活躍の場を広げていく柔軟な発想が、次代の林業の活力になり得ると私は思います。


[北村昌美]
1926年兵庫県生まれ。京都大学農学部卒業。農学博士。山形大学農学部教授、同学部長、ドイツ・フライブルク大学客員教授を歴任。森林経理学・比較森林文化論が専門。
主な著書に、『森林と日本人―森の心に迫る』(小学館)、『森林と文化―シュヴァルツヴァルトの四季』(東洋経済新報社)、『森を知ろう、森を楽しもう』(小学館)、共著に、『森林計測学』(養賢堂)、『森を見る心』(共立出版)、『草原の思想・森の哲学』(講談社)など。