■第12号(1995.4発行) シリーズ建築家C

−木を育て、木と歩む−
阪神大震災からの提言

(建築家・筑波大学芸術学系助教授 安藤邦廣)


1.教訓を生んだ「関西の伝統構法」
2.「堅牢な木造空間をとりもどす」



■1.教訓を生んだ「関西の伝統構法」
阪神淡路大震災でコンクリートのビルや高速道路に加え、木造住宅も壊滅的な被害を受けたことは、これからの木造建築の方向に大きな影響を与える重大な事実であるといえます。
マスコミによれば、同じ木造でも伝統的な家屋が破滅したのに対して、最近の耐震基準に従った住宅いわゆるプレハブつまりはハウスメーカーの住宅やツーバイフォーはほとんど被害を受けなかったという論調が目につきました。日本の伝統構法の継承・発展を支持する立場の一人として、とにかく自らの目で確かめなくてはとの思いで被災地を訪ねました。
瓦と土に木材が埋もれたガレキの山は、映像を通してみるよりははるかに衝撃的なもので、今回の地震の激しさを如実に物語っていました、一方その近くに、少なくとも外観上はさしたる被害も受けずに持ちこたえた新しいプレハブ住宅もありました。これを見ればマスコミ報道は必ずしもウソではないことが分かりますが、しかし、そこからただちに伝統構法は地震に弱く、プレハブは耐震性があるという結論を導くのは、はなはだしい短絡であることも調べてみるうちに分かりました。
この論理には次の2つの重要な視点が欠如しているからです。第1に今回倒壊した伝統的な家屋の多くは戦災の復興期に応急的につくられ、老朽化したものであるのに対して、プレハブの多くは新しいものだということ。もしこれから20〜30年後、多くのプレハブが老朽化した後に震災が起きていたら、決して同じ結果にはならず、もっと悲劇的な状況になったかも知れません。
第2に伝統構法は地域性が大きいこと。たとえば関西の民家は土葺きの本瓦葺きで屋根荷重が関東の桟瓦葺きに比べると2倍〜3倍もあり、その点が今回倒壊に至った大きな要因ではないかと考えられます。とすると伝統構法とひとかげらげにした議論は成り立たないことが分かります。
とはいえ、伝統的な家屋の倒壊で多くの尊い人命が失われた事実は重大で、関西の伝統構法の弱点が露呈されたことは疑う余地がありません。これを教訓に改善すべき課題が示されたと受けとめるべきで、その中には関西の伝統構法のみならず、これからの木造建築の継承・発展を考えるうえでも重要な手がかりが示されていると思います。
関西の民家を改めて見ますと、屋根が土葺きの本瓦で土壁が厚く、天井にも壁土を乗せる習慣が根強く残っていて、そのわりには柱が細く、木造というよりはむしろ土造という方がふさわしいくらいだということに気が付きます。震災で倒壊した民家のガレキの山はそれを端的に示しています。土は断熱材として厚ければそれだけ住み心地が良いということで信頼が厚く、建前で屋根の土の厚さを競いあうほどであったといいますから、関西では太い木より厚い土が家の格を表すものであったといえます。

■2.「堅牢な木造空間をとりもどす」
歴史的にみると、伝統的な民家に武家住宅で発達した書院座敷が組み込まれそれが拡大して行く過程で、民家本来の堅牢な構造から、書院や数寄屋の軽快な空間に移行していきます。
それでも東日本の民家では、広間としてその本来の堅牢な構造が継承されてきましたが、関西では土間空間の消滅とともに、民家全体が書院化してしまったようなところがあるようにも見えます。さらに、近代数寄屋を経て継承されてきた今日の和風木造建築の流れでは、軽くて透けるような建築への嗜好あるいは憧憬が現代日本人にしみついていて、「民家本来の堅牢で力強い木造空間が忘れられてきたのだ」ということを今回の震災で改めて認識させられました。
数寄屋的な構法の特徴をひとことでいうなら、木材を細く使い、土を重視するという考え方です。また木材を節約し大工の手間を惜しまないという考え方でもあります。このような木造文化の成立の背景には、その当時(室町末期)の木材資源の枯渇があったのです。森林の国日本も、農耕文化による森林破壊が進行していて、先進地である関西では限界に達していたと思われます。関西における民家形式はそのころに成立したもので、それがこの地域での木より土を重視した伝統構法の由来なのです。
今日、日本の山林は杉で埋め尽くされているといっても過言ではありません。その多くは戦後植えられた若い木で、これから柱材として伐期を迎えようとしています。この杉山を守り育てることが日本林業最大の課題で、国土保全の点からも重要な問題です。この杉材を骨太に使った民家本来の堅牢な木造空間をとりもどし、社会的ストックとなりうる耐久性にも優れた住宅をつくること。それが今回の震災の教訓であり、これからの日本の木造住宅のめざす方向であると思います。


[安藤邦廣]
建築家・筑波大学芸術学系助教授。1948年宮城県生まれ。九州芸術工業大学環境設計学科卒業。日本の伝統的民家の研究に従事しつつ木造建築の設計も手掛ける。木造建築研究フォーラムの主要メンバーとして活動、会話「木の建築」の編集長を務める。
著書 「芽葺きの民俗学」1983年 はる書房(日本建築学会奨励賞)、「住まいの伝統技術」1995年 建築資料研究社
設計作品 玉川邸 藤田邸 松島の家、中山義秀記念文学館、横手市立栄小学校。