■第10号(1994.6発行) シリーズ建築家A

シ−木を育て、木と歩む−
温故知新

(建築家・増田建築構造事務所 増田一眞)


1.技術は時代と共に進むか
2.時代を遡るほど優れたものが
3.古い技術の完成度
4.全人間的技術を目指して



最近、サスティナブル(継続可能な)という経済最優先だけでない在り方が重要視されてきていますが、何百年も行き続けてきた歴史的な木造建築物こそはまさにサスティナブルと言えるでしょう。林業もサスティナブルでなければなりません。今回シリーズに登場していただいた増田一眞さんはユニークな建築構造設計家として知られていますが、木造建築への造詣も深く、建物の骨組みの専門家として伝統的な木構法こそ木の特性を生かした構法であると主張されています。氏の言う「温故知新」お言葉の中に、林業のサスティナブルを探って見たいと思います。

■1.技術は時代と共に進むか
何事も時代と共に進歩するものだといういわば歴史主義的理解は、多くの人の「常識」となっています。構造学者の中にもその種の楽天家が多いのには少なからずがっかりさせられます。だから彼らは古建築について科学性や合理性があるのかどうか研究してみようなどとは、毫(いささか)も考えることがありません。
自然科学上の法則や理論の認識は多少の屈折はあっても、永い目でみれば確かに時代と共に確実に進歩・発展しています。だがそれは科学的認識の話であって、技術的作品の質とは関係のない事柄です。楽天的な発達史観に基づいて、理論水準の低かった時代の作品は構造技術の研究対象にはならないと判断するのは、いささか単純にすぎると言わざるをえません。
建築史学者は古建築について意匠や細部のディテールのみ研究対象とし、構造学者は新しい技術課題だけを追って古建築を省みないから、全体として未知のまま放置されているというのが実状です。古い民家を惜しげもなく取り壊して、住宅産業が売り込む安普請で建て替えたりする人々が後をたたないのも、その一因はこうした学者たちに責任があります。

■2.時代を遡るほど優れたものが
技術的構造物について考察する限り、時代が新しいほど良いものが多くなるなどとは到底断定しえず、それどころか逆に時代を遡るほど優れたものを多く見い出すことができるというのが、むしろ多くの場合実感するところなのではないでしょうか。
例えば、明治時代から戦前までに造られた木造建築や洋館、煉瓦造、あるいは鋳鉄橋やリベット打ちの美しい鉄橋など、進んだ構造理論で武装しているはずの現代技術者でも到底設計しえない素晴らしい作品が、決して少なくないのです。18世紀ころの土木技術を考えてみても、例えば通潤橋(熊本県)や錦帯橋(山口県)を眼前にするとき、ほとんど完全といってよい出来栄えに驚嘆させられます。力の流れを的確に据えているのです。
鎌倉・室町の時代や、さらに奈良・平安の時代まで遡るとき、そこに見い出すのは技術水準の驚くべき高さであり、作品の見事さです。浄土寺(兵庫県)の架構の素晴らしさは圧巻ですし、法隆寺の金堂や五重塔はこのうえもなく均整のとれた完璧なプロポーションを示し、千数百年の歳月を経ても地業と基礎は微動だにしていません。

■3.古い技術の完成度
現代技術がどんなに理論の高さを誇るだろうとも、古代技術の到達したレベルをいまだに凌駕しえないでいるといっても過言ではありません。五重塔が耐震的である理由が現代の理論でいまだに解明されておらず、通潤橋の積石の目地が主応力線と一致しているのかどうかすらも明らかにはされていません。
しかし、事実としてそれらは台風や地震の試練に耐えており、しかも実に美しいのです。
力学理論が確立していない時代に経験だけで造られた建築物や土木構造物が、耐力的に優れているばかりか耐久的であるうえに、このうえなく美しいというこの厳然たる事実は、現代に生きる技術者達に一体何を語りかけているのでしょうか。

■4.全人間的技術を目指して
なによりもまず感性的把握の重要性をそれらは物語っています。感覚や判断の全器官の動員は、経験的事実を総合して工夫の積み重ねを可能にし、そのことによって理論的判断にとって代わりうる働きをするという事実であります。理性的把握は感性的把握の高次化されたものにすぎず、その基礎は感性的把握にあります。頭でわかる以前に全身でわかる必要があります。職人文化の学者文化に対する優位性はここに由来します。
逆に言えば、現代技術者に欠けているものは、この全人間的判断という特質なのです。現代技術教育は感性的把握を否定して、知識に頼ろうとする偏向を犯しています。知識は記憶に頼るしかないが、記憶から創造が生まれるわけでは決してありません。
故(ふるさと)を温(たずね)ることの意義の第一は、古き時代に良きものを創りえたのは何故であるかを問い続けることにあるでしょう。


[増田一眞]
出身地 広島県。生年月日1934年1月1日。経歴 東京工業大学建築学科卒業後、KK松村組、東京大学生産技術研究所田中研究室を経て、1964年独立。増田建築構造事務所設立。
作品 I・C・U理学実験棟、筑波第一小学校体育館、鎌倉雪の下教会、熊本機能病院リハビリ棟、ゼ・フィール、大宮東通ビル、成城学園研究棟など、延べ約1000棟
著作 彰国社「かたちのデータ・ファイル第4章」、彰国社ディテール誌「構造形態の世界」、建築技術特集号「素材特性と構造形態」。