■第6号(1992.4発行) [木の目]

木こそが教育の原点
神々の里・出雲が挑む「木造り」プロジェクト



1.出現!世界最大の木造ドーム
2.木造り校舎が落ち着きを生む
3.拡大する木造り運動 地場産材はどう動くのか
4.見逃せないソフト面の充実



世界最大の証券会社メリル・リンチの元上席副社長。実業界の第一線から出雲市長へと、その華麗な転進ぶりが大きな話題となった岩國哲人(いわくにてつんど)市長の初仕事は、中学校の建築計画書を破り捨てることであった。コンクリート造りの建築計画を破棄し、木造主体の校舎に計画変更するように命じたのだ。「神話の国に木の文化を咲かせる」木こそが日本文化の象徴であり、古代最大の木造建築物といわれる出雲大社を仰ぐ出雲市こそが、「木造建築伝統の地にほかならない」とする同市長の強力な指導のもとで、出雲市の新たな挑戦が始った。

■1.出現!世界最大の木造ドーム
神話の里・出雲の現在を語る時、まっさきに思い浮かぶのが、日本最大の木造建築物「出雲ドーム」であろう。
48.9メートルに達するドームの高さは、古代最大の木造建築物であった出雲大社の伝説の高さ48メートル(現在は24メートル)に敬意を表して設定されたもので、実際にはもっと背の高いものでも建築可能でったという。
ドーム全体は日本傘をイメージしてデザインされており、ガラス繊維をテフロン加工した膜でできた屋根は、直径143メートルにおよぶ巨大なもの。
そして、この大屋根を支えるのが36本の木造アーチだ。このアーチはアメリカから輸入された約2000m3の集成材によって構成されており、日本傘の”骨”の部分に相当する役割をする。
かくて、総工費45億5000万円、下部構造=鉄筋コンクリート造、屋根=大断面構造集成材による木質系立張弦アーチ構造テンション膜構造という出雲ドームが出現した。
しかもこのドームは、木、膜、スチールによるハイブリッド構造では世界最大、木造ドームとしても世界一高い建築物となる。ドームは計画当初から木にこだわった設計とすることが確認されていたそうで、これによって出雲平野には、古代最大の木造建築物・出雲大社に加えて、現代最大の木造建築物が揃うことになった。
「つまり、日本文化を象徴する建物がこの出雲文化圏にできあがるわけです。」(同市長)
さらに、「地方の子供たちに夢を与えたい」という市長の意向で、野球場のマウンドが甲子園球状の黒土で築かれたり、客席が人工芝と木製ベンチで作られたりと、心にくいばかりの配慮がなされている。
雪の多い山陰地方にあって、まさい待ちに待った全天候型ドームの完成であると同時に、神話の国の木の文化の記念碑ともいえるのが出雲ドームなのだ。

■2.木造り校舎が落ち着きを生む
その規模や、話題性から世間の耳はどうしてもドームに集まりがちだが、ドームは同市の推進する「樹木」へのさまざまな行政活動を象徴するものであり、市政が本来意図するものは教育環境の充実である。
その手始めとして市長が就任直後に計画変更を命じた中学校が91年4月に移転改築を終え、新校舎での授業を開始した。市立河南中学校である。
「日本文化の特色は木と紙であり、教育の原点に木と紙を置かなければ、自国の文化の特徴を理解し、愛し、守ることのできる人間を育てられない」という市長の理念を受け、教室、廊下など随所にふんだんに木を用いて建てられた同中学校については開校直後から、さまざまな木の利点が報告された。
「木造ということで温度、湿度への対応力に優れており、校舎の維持、管理といった機能面の優位性があるほか、廊下が木ですので固い床と違って先生も生徒も足腰への負担が少なくなったと喜んでいます」(市教育委員会・板倉優係長)
階段部分には木が用いられていないため、廊下から階段、階段から廊下へと実際に歩いてみると、その差は歴然。ヒザに直接衝撃の伝わる階段に比べ、廊下はまさに「気持ちよく歩ける」という表現がピッタリ。特に成長期にある中学生にとって、木製の廊下は大きな意義があると思われる。
さらに驚いたことに、同中学・渡部修明教頭によると「生徒達にずいぶんと落ち着きが出てきたんですよ。机や椅子の扱いひとつにも木製の床を傷つけまいとする気持ちが表れていますね。木の優しさ、ぬくもりに直接触れているからでしょうか……。」と、予想以上の効果に喜びをかくせない。

■3.拡大する木造り運動 地場産材はどう動くのか
建物全体は、校舎が鉄筋コンクリート造りの2階建。主として廊下、床などに木が使用されており、体育館と道場が大断面集成材を使用した木材と鉄筋コンクリートの混構造設計になっている。
使用木材はドーム同様アメリカ産の集成材が中心で、地場産材としては廊下部分にだけ松の間伐材が用いられているという。山林面積が80%を占める島根県だけに、もっと積極的な地場産材の活用はできないものなのだろうかという当方の素朴な疑問には、市経済部農林課の梶谷房省氏が答えてくれた。
「出雲市は人工林が50%以上を占める県下有数の林業地帯です。しかし歴史が浅く、1回目の伐期に達しているのは12%程度にすぎません。地場産材の思い切った活用は10〜20年後と予想しています。今は行政がリードして木材需要の掘り起こしをしている段階なのです」
この言葉どおり、同市では学校を今後、新築、改築する時は木造りを主にしたものしか認めず、やがては幼稚園から小・中学校に至るまですべて木造りの建物にすることが決められている。
校舎ばかりではなく、市内16地区の公民館もその例にもれない。すでに元禄時代の建築様式を再現した塩治公民館と鎌倉様式の公民館が完成しており、今後は全公民館を木造りであることのみならず、異なる建築様式を採用することで日本の伝統建築の美しさが再確認できるようにしていく。木造建築伝統の地を自認する出雲市の面目躍如といったところだ。

■4.見逃せないソフト面の充実
校舎、公民館、ドームなどで木材の需要拡大を計りつつ、将来的な安定供給に向け、植林や間伐の予算として市では中央の補助金なしで4000万円を計上している。
そして、これら需給拡大のための施策を側面から援助しようというのが「樹医制度」の制定だ。
樹木のお医者さんに認定されたのは、林業試験場OBや元農林高校教官、現役の造園会社社員など、樹木の病気や害虫に詳しい専門家8名の方々。
「木の様子がおかしい」「虫に喰われた」という時は、森林組合内に設置された樹医センターに電話するだけで、センターから連絡を受けた担当地区の樹医さんが往診よろしく現場へ出勤し、木を診断、処方箋を書く。そして、その後の処置が個人では難しい場合はセンター指定の造園業者が出向く……というシステムになっている。
依頼主にとっては、専門家による無料診断という形になり、これらの樹医さん達は「基本的にはボランティア」(前出・梶谷氏)ということで1人当り月間10軒以上の業務をこなしているという。
しかし、全員が「枯れかけた木も手をつくせば蘇ることを子供達に知ってほしい。木も動物や私達と同様の生物であることを教えたい」という情熱に支えられ、精力的な活動を続けている。
次に、木を原点とした教育のソフト面を受け持つ「樹木ノート」を紹介しよう。
B5判、54ページからなるノートは、市内の小学校5、6年生 全員に配布されており、地元にある樹木の主な観察場所や特徴、利用方法などが記載されており、これに基づいた観察によって気づいたことが書き込め、色なども塗れるように考えられている。
「郷土の自然に親しみましょう」という副題がついたこのノートを使って子供の頃から木の名前を覚え、親しむことによって「彼らが大人になったとき”頭”からではなく、”心”から自然環境について考えられるように」(前出・板倉氏)という大人達の温かい思いが込められたノートに、昔ながらのやさしさが残る神話の国の一端を見た思いがした。
以上のように、出雲市の樹木への行政はまだスタートしたばかりだが、20年後、30年後を見据えて着実な拡がりを見せている。最後に、岩國市長の次の言葉を引用して今回のレポートを終えたい。
「私達が木に憧れ、木を大切にしようと思うのは、人間よりも長く生きる木に対して永遠という個人の命にとって不可能なことへの本能的な憧れであり、同時に森がなくなれば文化も果ててしまうことを知っているからです。木は出雲だけ、日本だけでなく世界の文化を支えているのです」