■第3号(1990.春発行) 特集:森はめぐる。しかし・・

酸性雨が地球をかけめぐる



1.天からの、招かれざる客
2.上昇したものは必ず下降する。人類の手による、この悪しき循環。
3.遺跡を、湖を、森を破壊する酸性雨
4.酸性雨はこうやって森林をダメにする
5.酸性雨は地球をかけめぐる
6.人類を酸性雨から守るために



自然界の循環のシステムにはムダがない。植物がつくった有機物は他の生物により消費され、分解され、無機物となり、再び植物に戻る。一方、人間はその素晴らしい知能で次々と新しいモノをつくり出してきた。問題はそのモノの行き先まで考えなかったことである。おかげでモノは循環せず、廃棄物という形でたまる一方だ。森林を、湖を脅かす「酸性雨・酸性霧」も、ばらまく一方でその回収を考えなかったツケがめぐりめぐって天から落ちてきた、とも言える

■1.天からの、招かれざる客
「酸」と聞いてあなたは何を思い浮かべますか。つんと酸っぱいレモン、それとも金属までも溶かしてしまう硫酸や硝酸・・・?
ある物質が「酸」の性質を持つかどうかは pH(ペーハー)で決まる。これはご存知ですよね。pH7が中性、pH7より大きい数字はアルカリ性、逆に7より数字が小さいほど酸性が強くなります。(ちなみにレモンのpHは4〜5です。)
近ごろ新聞を賑わせている「酸性雨」は、文字通り酸性の雨。雨は通常pH5・6ぐらいの弱酸性を示していますが、なんと北欧諸国ではレモンなみの「酸性」の雨が降っていた。また国内でも、年平均pH「4」台の雨が降っており、より被害が大きいとされる「酸性霧」に至ってはpH「3」台もあった――。pH1の違いが10倍、pH2の違いは100倍の違いがありますから、これはもうかなり大きいな異常です。
一体、「恵みの雨」に何がおこっているのでようか。そして酸の雨はわたしたちにどんな影響を与えるのでしょうか。

■2.上昇したものは必ず下降する。人類の手による、この悪しき循環。
天から「酸」の雨が降ってくる。これは他ならぬわたしたち人間がまいた種です。なぜなら、わたしたちが工場や発電所、車から大気中に放出した汚染物が、雨に溶けて再び地上に戻ってきたのが「酸性雨」だからです。
わたしたちは科学技術の進歩に伴い、さまざまな科学物質を空気中にばらまいてきました。中でも石油・石炭の「燃焼」という行為の結果、二酸化硫黄や窒素酸科学が放出されます。これらが空気中で酸化され、硫黄や硝酸となり、雨に溶けて降ってくる。カンタンに言えば、これが酸性雨のメカニズム。もちろん、火山噴火のような自然現象も酸性雨の原因にはなりますが、やはり一番大きな問題は人工の廃棄物なのです。
わたしたちに飲み水を与えてくれ、大地を潤し、草木を育てる。すべての生命活動の基本である雨の大切さは、雨のない砂漠の過酷さを見ればあきらかです。この恵みの雨を危険なものに変えてしまったのは、大気をゴミ箱のごとく扱ってきた人間の責任なのです。

■3.遺跡を、湖を、森を破壊する酸性雨
酸性雨はわたしたちにどのような影響をもたらすのでしょうか。
酸性雨の被害につては、すでに1930年代のヨーロッパで論文が書かれています。当初は雨のpHとともに屋外の文化財の腐蝕というカタチできづかれた、といいます。
イタリア、ギリシャの大理石彫刻など、数々の歴史的遺産が欠け、溶けていく。一方、大小九万の湖が点在するスウェーデンでも湖の酸性化がすすみ、次々に魚が姿を消していく。また、グリム童話の舞台ともなった黒い森、シュバルツバルトも葉が枯れて黄色い森になっている。「ヨーロッパで一番汚れた国」との汚名を着るポーランドでは、このまま汚染物を放出し続けると今世紀中には酸性雨によって国土の森が全滅してしまう、との緊急アピールが。さらにカナダのケベック州でもカエデ林が軒並みやられている・・・。
欧米だけではありません。日本でも北関東を中心に杉が次々枯れている、との報告があるのです。もっとも、日本初の酸性雨の被害は明治時代の「足尾鉱山事件」にさかのぼりますから、ヨーロッパが酸性雨の先輩(!?)というわけにはいかないのですが。

■4.酸性雨はこうやって森林をダメにする
なぜ酸性雨が森林を枯らすのか。そのメカニズムはまだまだ未解明の部分が多いのですが、土壌を酸性化してそこから木に作用する場合と、樹木に直接作用する場合があると考えられています。
土壌は多種多彩な微生物、動物などにより、絶妙なバランスで支えられた豊かな生態系を持っています。この土壌に酸性雨が降りつける。すると、この自然界のエコシステムは破壊されてしまいます。微生物は死に、有害なバクテリアが増殖し、土壌が営んでいた正常な力が失われてしまう。また、土壌のカルシウムなど栄養分が失われてしまう。こうして、土壌はすっかりやせてしまい、これによって樹木は栄養不足の状態となり、枯れていってしまうというのです。
一方、直接樹木に影響を及ぼすのは――。酸性雨が針葉樹の針状の葉の部分にじかに触れてそこからマグネシウム、カリウム、カルシウムなどの栄養分を流出させてしまう、と言われています。(そしてその流出の速度は、樹木の根っこの部分で起こるよりずっと速いスピードで進行する、と言います。)また、針葉樹―日本ではスギ・マツが、また北欧やカナダではアカマツ・トウヒ・モミが深刻な影響を受けているのに比べ、広葉樹が被害を受けていないのはなぜか―。これについては、広葉樹に比べて常緑針葉樹の方が葉の総面積が大きいため、と言われます。また進化の度合からいって広葉樹より遅れて出現したため、地球環境により適しており、防衛力が強いためとも言われます。

■5.酸性雨は地球をかけめぐる
酸性雨など、アメリカやヨーロッパの話。日本に住む自分たちには関係ない。それに人体には何の影響もないみたいだし・・・。というのがまだまだ大方の日本人の実感かもしれません。
けれどもこのような考え方はいろんな意味で危険をはらんでいます。
第一に、酸性雨は非常にグローバルな環境問題であり、国境のカベを超えるものであること。酸性雨の原因になる汚染物質は、工場の高い煙突から大気中に広がり、風にのって数百〜千キロメートルも離れたところまで運ばれるのです。観光の国スイスの森林が酸性雨によりおかされている、その原因は実は他のヨーロッパ諸国が放出する汚染物質のため。また我が国でも、汚染物が少ない日本海岸で、冬季に酸性度の強い雨や雪が降る。これは二十一世紀の公害大国といわれる中国の工場の煙が北西の季節風にのってやってくるからではないか、とも言われているのです。つまり、「酸性雨」はすでに一国の問題ではなく全世界で、汚染物質を出さないように対策を練っていくべき時期がきているということです。もちろん責任の押しつけ合いではなく――。
酸性雨は地球をかけめぐるのです。
第二に、今は湖や森、魚たちに影響が見られるだけですが、必ずや人間にふりかかってくる、ということ。いつの時代もまず最初に被害を受けるのは弱いものたち。逆に人体に被害があらわれたときには、すでに取り返しのつかないことになっているかもしれないのです。
酸性雨は地球という大きな生態系の中でとらえるべきである、ということです。
たとえば――。
魚たちの死は、それを食する両生類の餌がなくなることを意味します。両生類が餌の不足で減少すれば、今度はそれを餌とする鳥やキツネが困る。そしてさらに大きなほ乳類が困る・・・。酸性雨の影響は生物学の掟に従って、より高等なものへと移ってゆくのです。そして最後には人間に・・・。
「ダーウィンの進化論に基づくなら、真っ先に死ぬのは食物連鎖の頂点、つまり人間。まあ案外早く人類は滅びるかもしれません。このまま放っておくならね。」数々の公害問題に関わってこられた沖縄大学の宇井純教授の言葉です。酸性雨はすべての生命をかけめぐるのです。

■6.人類を酸性雨から守るために
酸性雨については国レベルで研究がすすめられており、工場からの硫黄酸化物の排出量を制限したり、自動車の新燃料使用を推進したり・・・といった対策も各国で検討されています。
ただ大切なのは、酸性雨のメカニズムを研究し、被害との関わりを研究している間にも刻々と事態は進行している、ということです。酸性雨より被害が深刻とも言われる「酸性霧」についても、枯れた木との直接的因果関係が立証されないという事由で対策がおくれているのが現状です。
「たとえば、あそこのスピーカーがうるさくて頭が痛い。じゃあ、ちょっと止めてみよう。とか、ボリュームを下げてみようか、とかそういった常識の範囲内の因果関係で公害問題は議論されるべきである。」宇井先生のお話です。