■第1号(1989.春発行) 森と海 その大いなる関係をさぐる。

森のルーツ、海をたずねる。



1.地球。その長すぎた冬。
2.はじめに海ありき。
3.いのちの恩人、オゾン層について。
4.いわば植物界のア−ムストロング。プシロフィトンとリニア。
5.太古の森林は水の中だった。



森は一本の木から、一本の木は海の中の小さな小さな生命から、生まれた。気の遠くなるような昔のことである。 しかし森は、そして木は今も太古のたゆたう記憶をその体内にしっかりと刻みこんでいるのではないだろうか。森が地上の恵みの水――――雨をもたらすのも、海岸べりで魚たちをそっと見守るのも、その為せる業と思えてならないのだ。森と海の果てしないつながりを追ってみたい。

■1.地球。その長すぎた冬。
春はあけぼの。樹々の枝先で冬芽は弾けるように開き、小鳥たちはさえずり唄う恋の季節に入る。眠っていた山は徐々に目を覚まし大地は眩いばかりのグリ−ンの海になる・・・。
この広大な宇宙に地球が生まれてから今日までを一年間のカレンダ−に置きかえると、最初の「生命」が誕生したのはちょうどいま、花の三月に当たると言う。わたしたちの遠い遠い祖先がこの世に生を受けたときも、やはり今日と同じやわらかな日射しの祝福を受け、萌ゆる春を謳歌したのだろうか―。答えはノ−である。
今から35億年前。原始の「生命」はたゆたう海の中にひっそりと姿を現わしただけで地上は草も木もコケすら見当たらない「死」の世界。強烈な日射しを遮るものもなく、豪雨や砂塵に抵抗する手立てもない、むき出しの大地。そして決定的なのは、この星にまだ酸素がなかったという事実だ。酸素がなければ一瞬たりとも生きていけないわたしたちにこの時代の地球を想像するのはあまりに難しい。そして、「緑の地球」を信じていたこの惑星に、実は荒涼たる冬の時代があったことも――。

■2.はじめに海ありき。
地球の表面の3分の2は海水、その平均深度は3800メ−トル。地球というより水球だと言ったのは誰だったか―。 もう一度地球の歴史をふり返ってみよう。今から四十六億年前に地球は誕生し、そして38億年前に海ができた。(結論から先に言えば地球が他の太陽系惑星と異なり酸素を持つのは、やはり他にはない海のおかげである。)海ができて3億年後、この最初の生命である「ラン藻」が登場する。原始的ながら光合成という複雑なメカニズムを細胞内に持つこのバクテリアが、わたしたちそしてあなたの遠い遠い祖先というわけだ。
なぜ生命の源は陸ではなく海で生まれたのか。現在の地球には酸素が集まってできたオゾン層があり、生物の遺伝子を傷つける有害な紫外線をシャットアウトしている。しかし当時の地球には酸素はなく、従ってオゾン層もなく、陸上は生物にとって危険きわまりない場所だったのである。これに比べ海の中では紫外線は遮られ、しかも光合成に必要な可視光はさしこむ・・・というわけで、海が生命の故郷となったのだ。
さて海の中で生命は非常にゆっくりとではあるが進化を続け、光合成を行い酸素を放出した。そして海に溶けきれなくなった酸素が大気中に大量にたまり始めオゾン層を形成するに至って紫外線は遮へいされ、ここに来てはじめて地上は生物が住める環境となる。これが今から四億年前。太古の生命が海に誕生してから約30億年もかかって、大地はようやく生物を受け入れる体制を整えたのである地球カレンダ−にして11月の30日ぐらい。植物は上陸という懐かしい一歩ほ踏み出すことになる。

■3.いのちの恩人、オゾン層について。
生命のル−ツはなぜ海か。この問いかけに対する答えは実に今日的意味を持つ、言うまでもなくオゾン層のことだ。
植物の上陸がなければ、わたしたち人間に通じる動物もまた陸に上がって進化を遂げることはできなかった。つまりオゾン層が高エネルギ−の紫外線をシャットアウトしてくれて、はじめていまのわたしたちもあるということだ。ところがこのオゾン層にいま穴があきかけているというのだ。犯人はシュ−とやる例のフロン。このままいけばオゾン層はほころび、地表の植物はダメ−ジを受け大変なことになるという。
難しいことではない。30億年かけて準備された植物と大地の努力を一瞬にして無にする権利がわたしたちにあるのだろうか。生命のル−ツを訪ねるこの紙面の旅でそういったことを感じとっていただければうれしい。

■4.いわば植物界のア−ムストロング。プシロフィトンとリニア。
植物上陸の外的条件がオゾン層の形成だとすれば内的条件は・・・・?もちろん植物は自らの体内において、新しい未知の環境に備えるべく大いなる変革を試みていた。それは「繊管束」―水分や養分を通すパイプであり、また体を支える役目を果たす―を備えることだった。こうして新しい環境に適応することができた一握りの植物たちが、最初の上陸を果たしたのである。
プシロフィトンとリニア。これが、月に第一歩をしるしたア−ムストロングにも匹敵する、今から四億年前の最初の陸上植物であるすべてのシダ植物の祖先と考えられるこの植物は、どちらも葉を持たず茎だけの原始的な植物で、陸地の周囲をかすかに緑色で縁どるといった程度だったらしい。まだ完全に乳離れしていない赤ちゃんのように、水辺からごく近い湿った地におそるおそる足をつけた、といったところか。
とにもかくにも、いったん上陸した植物はこの後、目を見張るスピ−ドで進化を遂げる。海の中の超スロ−モ−な変化とは隔世の感水を得た魚のように(!?)水から独立独歩の道を目指すのである。

■5.太古の森林は水の中だった。
茎だけだった原始の植物も、時とともに木質組織を持つことでより高く、より太く成長し、現在の樹木の祖先となるものも生まれてくる。
上陸からこの間約5000万年。植物は早くも地上最初の森林をつくるまでに成長を遂げる。高さ30メ−トルにもなる木性シダや巨大なトクサが湿地から空に向けて伸び、これまた温暖な気候のおかげでとてつもなくビッグになったゴキブリやトンボ、ムカデがあたりに見える・・・・・・。まだ水、つまり親離れできず、生まれた故郷のそばの湿地で緑を繁らせていた太古の森林は、前頁の写真オ−キフェノ−キ−湿地帯に限りなく近い姿だったという。 さて進化は続く。イチョウやソテツ、マツ、スギなどの仲間裸子植物の出現である。今から2億2000万年前、地球カレンダ−にして師走も中頃のことである。自分で種子を持つ裸子植物の出現は、水に直接頼らずに生殖できるという意味で非常にエポックメイキングなことだった。この事件直後の森林の姿については、アメリカはアリゾナの「ペトリファイド・フォレスト」いわゆる珪化木(石化した森)が多くのことを語ってくれる。
そして現在全盛の被子植物が登場することで、植物はやっと乾燥した陸地の奥までそのグリ−ンのベ−ルを広げることができるようになる。今から約一億年前、地球カレンダ−では大みそか間近、長い長い冬の時代を乗り超えたこの星が「緑の星、地球」となった、そのときである。